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プロフィール

株式会社KINTO マーケティング企画部 部長(取材当時) 曽根原 由梨 氏
大学卒業後トヨタ自動車に入社し、人事·商品企画を担当。2013年に大手アパレルメーカーへ転職、商品MDなどを担当、ITスタートアップを経て、会社設立の2019年1月からKINTOへ入社。サブスクサービスのUIUX·WEBシステムでディレクションや中長期戦略を担当、各種プロジェクトリーダー等を経て、2023年1月からマーケティング企画部部長(取材当時)、2025年1月から営業部長に就任。
カイゼンからイノベーションへ。新しいクルマの売り方をつくる
トヨタ自動車(以下トヨタ)は2018年1月、世界最大規模のテクノロジー見本市「CES」で、自動車メーカーからモビリティ·カンパニーへの転換を宣言。これは、自動車業界が新技術とともにビジネスモデルを変革する必要があるという考えに基づくもので、モノとしての自動車とサービスが情報でつながり、クルマを含めた地域や社会全体を包括する事業展開を目指すことを示した。その実現を推し進める一つとして株式会社KINTOが設立された。
KINTO設立のミッションは「全く新しいクルマの売り方をつくること」。背景には、既存の自動車販売手法と現代の購買プロセスとの間に生じたギャップがあった。さまざまな商品がインターネット上から数分以内に購入できる時代になった一方で、クルマは販売店へ出向き価格交渉をするなど吟味を重ねて購入するという昔ながらの商慣習が根強い。日本での新車販売台数の伸び悩みや若者のクルマ離れという課題も生じており、買い切りが中心だったビジネスモデルを変化させクルマと消費者の関係をアップデートさせる必要があった。
そしてKINTOが立ち上げたのが、クルマの新しい所有の形を提案するサブスクリプションモデル(サブスク)だ。
「価値観やデジタル化など大きく変化する潮流の中で、もっと気軽にお客様にクルマを選んでいただく。そんな体験を提供したい」と曽根原氏は語る。
KINTOはトヨタの子会社で金融事業を統括するトヨタファイナンシャルサービスと、法人向け自動車リースを手掛ける住友三井オートサービスの合弁会社として、2019年に設立。クルマ本体だけでなく保険料や税金、メンテナンス費用などの諸経費が一体化したサブスクリプションサービス「KINTO ONE」を同年から開始した。
2019年7月の全国サービス開始当初は6車種からスタートだったが、その後、2020年1月のラインアップ拡大を契機に、商用車や軽自動車を除く車種へと順次取り扱いを拡大。30代以下の若年層を中心に利用者を開拓し、2024年7月末時点での累計申込件数は12万5000件にものぼる。手軽に始めやすく、わかりやすい価格設定、そしてライフスタイルの変化に合わせて柔軟に中途解約できる点が支持されたと言えよう。


KINTOの挑戦と組織文化
巨大企業の新規事業であっても、必ず成功するとは限らない。KINTOを創業期から知る曽根原氏は今日多くのユーザーから支持されるビジネスモデルを構築できた道のりとして、「仕組み作り、認知獲得、収益化」の順番を徹底して守ったことと、スピードを重視した組織体制、そしてアジャイル型の事業開発の3点を挙げた。
「立ち上げに際して与えられたテーマが、これまでにない新しいことにチャレンジするというものでしたので、考えるよりも、まずはサービスを打ち出してみて、お客様の反応を踏まえて磨いていくスタイルを徹底しました。大人数で考えれば考えるほど、企画は丸くなってしまい、意思決定にも時間がかかってしまいます。少数精鋭で、リリース日を決めたら妥協することなく、スピード重視でサービスを開発する。まずは世に出すことに専念しました」(曽根原氏)
経営のトップである小寺信也氏(KINTO代表取締役社長)の強いリーダーシップのもと、企画の立ち上げから約1年でのリリースを実現させている。大企業の新規事業ともなれば、数年を要することも珍しくないなかで、異例のスピードといえる。
組織面では、リース事業に精通した人材を出向で受け入れるなど、事業開発のスピードを落とさない人員配置を意識。「餅は餅屋」という発想のもと、自前主義にこだわらず外部から専門家人材を積極的に起用した。企業文化の違いから、当初は口論が絶えなかった時期もあったという。大企業単独で新規事業を立ち上げる際にも、意見の衝突や価値観の違いから計画が遅延するのも珍しくないにもかかわらず、KINTOが着実にサービス開始にこぎ着けたのは、リリース日を守るべく、会社全体で全力を尽くし取り組んだ結果だと曽根原氏は振り返る。

開発と同時にパートナーとなる全国のトヨタ系列販売会社にも説明に回った。当初、その反応は決して歓迎されるものではなかった。「これまで築いてきた自分たちのビジネスを壊すのか」といった疑問や「こんなビジネスでは儲からない」という意見が相次ぐ。その一方でトヨタが目指す戦略に理解を示す関係者からの温かい応援もあり、東京都内でのトライアルを開始すると、販売店担当者の反応にも次第に変化が訪れる。これまで販売店に訪れたことすら無かった顧客がKINTOを契約する事例が出始めたのだ。
「若年層はWeb上で買うものを決めるといった話や、CASE※というトレンドから将来クルマの価格が高騰し従来の売り方では行き詰る可能性を挙げ、KINTOのサービスの意義を販売店には伝えていましたが、危機感を煽るような伝え方では協力は得られませんでした。むしろ『これまで振り向いてもらえなかったお客様から反響があった』というポジティブな事例が現場には一番響きました 」(曽根原氏)
※CASE…Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の頭文字を取った言葉。自動車業界の新しい潮流を示す4つのテクノロジーをまとめている。
KINTOとしても具体的な成功体験を通じて、販売店がKINTOを扱うメリットを言語化でき、販売店網の拡大にもつながったのだ。
サブスクビジネスの仕組みが整い始めたタイミングで、認知獲得を目的にTVCMも大々的に展開。若年層を狙った内容で積極的なプロモーションを行ったが、サービス開始初年度の申込件数は1200件と、すぐに結果に結びつくことはなかったという。
広告の投下量に対しての申込件数の少なさから、メディアでも懐疑的な声が一時は挙がった。しかし、KINTOは右往左往することなく、顧客や販売店からのフィードバックをもとにサービスのアップデートを地道に継続。プロモーションの面でもTVCMだけでなく、若年層が利用するメディアやアプリでのPR展開を進めるなど、検証と改善のサイクルを積み重ねた。
「新規事業に対して、ステークホルダーの皆様が収益に注目されることは当然だと思います。しかし、 まず仕組みを作り、認知が広がってから収益に還元されるというプロセスの大切さを伝え続けました。皆様が私たちの考え方に理解を示し、温かく支えてくださったおかげでこの順番を守ることができたと感じています」(曽根原氏)

その結果、消費者から販売店への問い合わせが増えはじめたことで、KINTOと販売店の関係にも変化が見え始めた。
「ある時期から、販売店に来店されたお客様から「TVCMで見たサービスは何?」という問い合わせが増加しました。これを受け、現場からもKINTOへの理解を深め、提案につなげたいという声が上がり、販売店での提案も促進され、契約数拡大の道筋が見えてきました。その後は、お客様と販売店の双方の声を反映し、サービスを改善することで、より良い協力関係を築くことができました」(曽根原氏)
そうした中で、コロナ禍で安全に移動できるパーソナルモビリティの需要が伸びたことも追い風になり、申込数を着実に伸ばした。その中で、納期の可視化やスピードなどECならではの取組をサポートする動きもあったという。「とあるトヨタの取締役の方が『ネットで買い物するときには、いつまでに届くか明確にすることが当たり前になっている。KINTOも納期が見えるようにしよう』と後押ししてくださったことがありました」(曽根原氏)
こうしてトヨタと連携した仕組化が整い、外部認知も広まり、市場環境の後押しもあった結果、累計申込件数は全国サービス開始から約1年半後の2020年12月に1万件を突破。設立6年目に入った2024年7月末時点で12万5000件に達した。
