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日本で唯一の素材·化学産業に特化したVCが目指す業界変革とは|ユニバーサルマテリアルズインキュベーター株式会社

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日本の素材・化学産業は、GDPの約10%を占める巨大産業であり、川上産業として日本のモノづくりをけん引してきた。高い技術力を有し、マーケットでも高シェアを占める製品が多く、国際競争力が高い産業である。ただ、海外企業に比べると事業転換や新規事業創出へのスピードが課題にもなっている。

改善するにはR&D効率を向上させる必要があり、そのためにはベンチャー企業の活用が有効であると、日本で唯一の素材・化学産業に特化したVCであるユニバーサル マテリアルズ インキュベーター株式会社(UMI)取締役パートナーの山本洋介氏は言う。

しかし、素材・化学系のベンチャーは、収益化まで時間がかかり、事業化の途中で資金不足になるリスクが高い。リスクマネーとも思われがちな素材・化学系ベンチャー投資を、UMIではどのように実現させるのか。そこには、徹底したハンズオンや資金供給を通じて、企業価値を高めるプラットフォーム確立を目指す姿があった。UMIの投資戦略について、山本氏に話を聞いた。

プロフィール

ユニバーサルマテリアルズインキュベーター株式会社 取締役パートナー 山本洋介さん

大手素材・化学メーカーにて、中期経営計画などの戦略立案やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の立ち上げ、投資実行など、新規事業創出に従事。2017年4月にUMIに参画し、環境エネルギー、ライフサイエンス分野を中心とした投資や3号ファンド全体を担当。

日本で唯一、素材・化学産業に特化したベンチャーキャピタル

日本で唯一、世界でも数少ない素材・化学産業に特化したベンチャーキャピタル(VC)であるUMIは、官民ファンドのINCJ(産業革新機構)からスピンアウトし、2015年10月から活動を開始した。
これまで1号ファンド(100億円)、2号ファンド(95億円)に続き、3号ファンドおよび脱炭素ファンドを設立し(併せて現在120億円)、国内の大手素材・化学メーカーを中心とした30社強と金融機関8社が出資する。

UMIのコンセプトは、「アカデミアや企業から生まれる技術シーズのステージから、大企業での量産化のステージまでのあいだをつなぐ『ハブ』として機能し、素材・化学産業の新規事業を創り出すプラットフォームになること」と山本氏は語る。メンバーには、素材・化学分野の技術的なバックグラウンドやファイナンスの専門家、または経営経験を持つプロフェッショナルが約40名在籍し、山本氏自身も大手素材メーカー出身で経営戦略やCVC事業などを手掛けてきた実績がある。

素材・化学産業の課題と新規事業創出の成長ドライバー「R&D効率」

素材・化学産業は、産業全体の川上の部分を担い、時代の変化とともに発展してきた。戦後は、モータリゼーションによる自動車部品に使う樹脂やタイヤなどのゴム製品。情報化社会では、エレクトロニクス分野の材料としてディスプレイや半導体。高齢化社会では創薬といった産業に。ここ10年では、脱炭素に向けた素材などが発展している。今後も時代のニーズに合わせて、素材・化学産業は進化し続けていくだろう。

日本の素材・化学企業は高い技術力を有し、マーケットでも高シェアを占める製品が多く、国際競争力が高い産業である。しかし、収益性を見るとグローバルのトップ企業に比べると決して高いとはいえない。ROE(自己資本利益率)が低水準で推移しており、経営効率が低い傾向にある。

UMI 山本氏の講演資料から参照

この要因として、日本の素材・化学企業の事業ポートフォリオ転換が進んでいない点を山本氏は挙げる。グローバルの化学業界では、「コングロマリット化」から脱却するための再編の動きが盛んであり、スペシャリティケミカルやバイオテクノロジーなど今後を見据えた事業ポートフォリオ転換を進め、収益力向上を図っている。

「事業ポートフォリオの転換を進めるには、事業の新陳代謝を行う必要があります。しかし、日本特有の企業体質もあり、成功した先代からの事業や雇用の保持を優先するあまり、過去からの事業を手放すことができていない経営者も多いように感じます。逆に、海外の経営者は『事業のピーク時こそ、売り時』と大胆にポートフォリオを刷新することも珍しくありません。積極的に古い事業を売却し、必要な人に買ってもらい、そのお金で新しい事業に投資する。企業価値最大化の観点で経営することが求められます」。

では、事業の新陳代謝における事業の創出のほうはどうか。ポートフォリオ転換の成長手法として、M&Aの活用があるが巨額の投資が必要となるのに加えて短中期的な対策といえる。そのため、M&Aを活用する場合でも、中長期的な成長戦略として企業自身で収益を拡大する有機的成長手法である新事業や新製品創出、これらを生み出すための R&D(研究開発)投資が重要になる。山本氏はR&D投資(研究開発)がリターンとしてどれだけのものを生み出す原動力になったかの投資効率を表す「R&D効率」を高めることが中長期的にはポートフォリオ転換の成長ドライバーとなると話す。

UMI 山本氏の講演資料から参照

現状では、グローバルトップ化学企業に比べて日本化学企業のR&D効率は総じて低い状況がある。投資した研究開発費に対して営業利益が低いということは、新規事業の創出が効率的に進んでいないことを意味する。

山本氏によると、R&D効率を改善していくためには、自社の開発リソースを割くべきテーマを明確にするとともに、イノベーションの担い手となるベンチャーの技術など外部開発の成果の活用をしていくことがポイントになるという。つまり自前の開発や技術を自社だけで育成して事業化することにとらわれず、外部の力を巻き込んで育てていくという視点だ。

実際に、日本の素材・化学企業では、ベンチャー支援を行う活動を活発化させる動きが進んでいる。

活発化する素材・化学ベンチャー企業。事業化のキーワドは「うれしさ」

近年では、国の後押しや第4次ベンチャーブームの中で、ベンチャー企業の創立が活況を呈している。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)によるアカデミア発ベンチャー創出プログラム「START(大学発新産業創出プログラム)」からは、2013年から2021年のあいだに62社のベンチャー企業が創立され、素材・化学分野での設立例も増加している。

素材・化学分野でのベンチャー企業は、科学的な基盤のしっかりした技術を要するため、アカデミア発のシーズから始まるケースが多い。新素材や化学分野での開発は難度が高いが、市場価値が認められれば国際的な競争力を有し大きく花開く。

こうした背景もあり、大企業ではCVCなどベンチャー企業への投資活動が盛んだ。2012年から10年間の間に、日本の素材・化学企業の売上高トップ25企業の多くが、CVCを新たに設置するなどベンチャー企業との連携を強化している。

資金調達のしやすさ、エコシステムの形成など追い風は吹いているが、素材・化学系ベンチャーは、重い設備投資、事業化まで長い期間を要するなど投資先としてはハードルが高い。特に補助金などの研究開発予算がなくなる開発フェーズ、さらに素材・化学産業特有の生産技術確立のスケールアップフェーズは多額の資金調達が必要な「死の谷」となり、M&A、IPOにつながる初期的な量産を伴う事業の本格拡大フェーズまではたどり着けず企業価値を生み出せないまま終わるケースも少なくない。

UMIでは各ステージを乗り越えていくための、リスクマネー供給、経営サポートを行う。山本氏は設立から7年で約1,100件以上の案件に携わってきたUMIが運営する投資ファンドの方針、投資の目利きを以下のように語る。

「投資は『会社を追うな、テーマを追え』が大原則です。個別のベンチャー企業を闇雲に追うのではなく、社会課題を解決できるテーマに投資する。例えば、脱炭素や健康長寿など社会課題のボトルネックを特定し、それを解決できる技術が生まれたら、多くの人が『うれしい』と思うテーマに投資します」。

「投資先として絶対に外せない条件は『グローバルオンリーワン、ナンバーワンの技術』であることです。最初は尖った技術でないと勝てる事業になりません。さらに、将来顧客となる人の『うれしさ』が明確であること。この2つが投資先の前提条件として必ず議論するところです」。

実際には、UMIが独自の調査で投資先候補に能動的にアプローチする場合と、信頼のおけるネットワークから紹介されるケースがある。発掘案件数としては前者が多いが、後者の場合、戦略的なパートナーシップ契約を結んでいる先からの紹介など質が高く投資に結びつきやすい。国内では産業技術総合研究所(AIST)や物質・化学研究機構(NIMS)、海外ではイスラエルのヘブライ大学、台湾の工業技術研究院(ITRI)、インドのインド理科大学院(IISc)などと提携している。

資金供給だけではなく、徹底したハンズオンも特徴的だ。国内外200社以上の大企業ネットワークを活かし、生産設備やノウハウを有する企業との連携強化、ニーズとシーズのマッチングを行う。

「元々尖った技術を投資先に選んでいるので、ポテンシャルを最大限に発揮できるように支援します。支援方法は投資先企業の状況によってさまざまで、経営全般を見て不足する部分を補うのが基本です。多いのは事業戦略の転換です。初期段階でつまずかないように、UMIはハンズオン支援において重要な役割を果たしていると考えています」。

ほかにも、開発管理、知財、マーケティングなどの支援も行うという。ベンチャー企業にとって、自前で各分野の専門家をそろえるのは難しい。UMIのような専門家がそろったチームから支援を受けることは、非常に心強いのではないだろうか。

これまでの成功事例とUMIが目指す業界変革

2016年1月にUMI1号ファンドがスタートして以来、UMIが投資を決め、支援を続けてきた中で、どのような成功事例があるのか。

「味の素株式会社と東京工業大学が設立した『つばめBHB株式会社』が良い事例です。味の素のカーブアウトした研究テーマと、東工大の細野秀雄栄誉教授の技術からスタートし、アンモニアをオンサイトで生産できるシステムの事業化を目指すものです」。

世界初のエレクトライド触媒を用いたアンモニア製造の実証を行うつばめBHBのパイロットプラント

アンモニアは脱炭素化に向けた燃料用途でも注目されており、起業時よりもマーケットが拡大している。現在では、三菱ケミカル、出光、INPEX、NYKなども出資する状況だ。UMIはこのプロジェクトに10億円超の投資を行うとともに、事業化を推進するために多くの大企業と協業できるよう動いてきた。

成功の要因について、山本氏は言う。

「やはり技術そのものと関わった人材やパートナーの部分が大きいです。細野栄誉教授は、ノーベル賞候補に挙がるような優秀な研究者であるだけでなく、後ろから経営者を支えてくださいました。また、味の素からはエース級の人材が派遣され、ほかのパートナー企業も必要なリソースを提供しています。それぞれが高いパフォーマンスでコミットしていることが成功に向けて順調に進んだ理由だと考えています」。

この他にもUMIでは多数の投資実績があるが、成功している事例にはどんな共通点があるのだろうか。山本氏は、「経営チーム」「テクノロジー」「マーケット」「ファイナンス」の4つの要素に分解して分析した場合、「経営チーム」の要素が成功の要因として最も大きいという。

「経営チームが安定し、一定のパフォーマンスを出している場合は成功しやすいですね。実際にこれまでお会いしてきた経営者の中で、一貫性があり、ベンチャー経営をやり抜こうとする熱意がある方が成功している印象があります」。

素材・化学産業のVCとして成功事例の実績を積み上げていくUMIだが、今後の展望について山本氏はこのように語る。

「日本のベンチャー企業でも、海外のようにM&Aでのエグジットを活発にしていきたいと考えています。自社だけで大きく育つのが適した事業であれば、IPOを目指すことになります。しかし、事業化のために大きな設備投資が必要な場合、既存設備やインフラが活用できる大企業にM&Aで事業を引き継いだほうが、業界全体としては望ましいケースも多いです。大企業によるM&AやCVC投資活動を活発にし、日本の素材・化学産業のエコシステムの成長を促すことで、業界の変革を目指していきます」。

UMIでは、素材・化学産業の変革を進めていくために、カーブアウト支援をはじめとした多角的なアプローチを行うとともに、今後は、投資対象とする事業ステージの範囲の拡張も目指していくという。

「社内の技術シーズを育成し、新しい事業を創る手段はいくつかありますが、事業スピードの向上やコミットメントを高める観点でいうと、カーブアウトは有効です。新技術の開発に成功した場合でも、自社の戦略に合わない、コア技術ではない、その分野の市場に明るくないといった、自前で育成しにくいケースでは、専門的な外部人材やVCをはじめとする外部資本などの力を得て育てたほうが成功する確度が上がるからです」。

カーブアウトとは、親会社が子会社や自社事業の一部を切り出し、新しい会社として独立させる手法のこと。近年の日本では、カーブアウトの活用事例が増えており、ベンチャーを創設する動きが活発なのだ。

さらに、今後はアジアにも力を入れていく。

「素材・化学産業特化型のVCは、アジアでもほとんどありません。特にスタートアップが盛んなインドでは、最近、トップクラスの大学と提携を結んだところです。今後も日本を中心としながら、インドやASEANを含めたアジア地域とのパートナーシップを強めていき、素材・化学産業におけるUMIのポジションを強化していきます」。

UMIは素材・化学産業のハブとして、日本やアジアでの新規事業の創出に貢献しつづける。


ユニバーサルマテリアルズインキュベーター株式会社
素材・化学産業に特化したベンチャーキャピタル(VC)
https://www.umi.co.jp/


PEAKSMEDIA編集チーム

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