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スタートアップが生まれる環境を日本に。モノづくりをサポートするVCの挑戦| Monozukuri Ventures【前編】

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2022年、岸田内閣がスタートアップ支援の強化を発表。スタートアップ担当相が新たに設けられ、スタートアップ企業を5年で10倍に増やす5ヵ年計画が出された。

また、都市部と地方の格差が指摘される中、地方創生との親和性の高さから、地方でのスタートアップエコシステム(スタートアップ企業を支援する産業生態系)形成にも関心が高まってきている。

前編では、ベンチャー企業を取り巻く環境や日本のモノづくりについて、ハードウェア・ハードテックに特化したベンチャーキャピタル(VC)を運営する、株式会社Monozukuri VenturesのCEO、牧野成将さんに話を聞いた。

プロフィール

株式会社Monozukuri Ventures CEO 牧野成将さん

神戸大学大学院時代に選んだ「ベンチャー企業」研究から現在まで、この道一筋。京都、大阪のVC、公益財団法人京都高度技術研究所を経て、2015年に京都で独立。2020年に提携していたニューヨークの会社と経営統合し、株式会社Monozukuri Venturesを設立、CEOに就任。ハードウェア・ハードテックスタートアップに特化したコンサルタント業務と投資で、2022年にはアメリカの経済誌「フォーブス」のThe Top 40 Investors In Industrial Techで紹介されるなど、世界を舞台に活躍中。

どう見る?第4次ベンチャーブーム

政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、「スタートアップ育成5ヵ年計画」を打ち出した。同計画では、2027年度には投資額を10兆円規模に引き上げ、スタートアップを10万社創出。さらに、その中からユニコーン企業を100社出すなどの具体目標を掲げている。
VCやコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)、投資家の数も増加し、多額の資金調達やスタートアップのテクノロジーが世間を賑わすなど、ベンチャーブームが訪れている。

「スタートアップのブームはこれまでにも何回かありました。政府も盛り上げるけれど、いろいろな環境変化が起こってくると、手のひらを返してしまう。今回はなんとか支援を継続してほしいと強く思います」と率直な印象を語った牧野氏。

過去最大規模となる1兆円の予算が投入されるが、牧野氏はどう見ているのか。

3つの柱(第1の柱:人材・ネットワークの構築、第2の柱:資金供給の強化と出口戦略の多様化、第3の柱:オープンイノベーション促進)のうち、第2の柱「出口戦略の多様化」について尋ねた。

日本のスタートアップのM&Aの課題と可能性

スタートアップ育成5ヵ年計画の第2の柱とは、スタートアップの2つの出口、IPOとM&Aの比率を変えていこうという取り組みである。アメリカではM&Aがほとんどなのに対して、日本の場合はM&AよりIPOを目指す起業家が多い。このことは、マーケットと市場の外部環境に影響を受けやすい。

■スタートアップ育成5ヵ年計画

例えば、2008年のリーマンショックで株式環境が悪化するとIPOのマーケットは閉ざされ、日本のVCは回収手段を失いました。リーマンショック前、IPOで約200社が年間上場していたのが、リーマンショック後20社にまで激減。反対にアメリカはM&Aが成熟しているので、株式の環境に影響を受けず、スタートアップのエグジットが確保されていた。

VCにとっても回収の手段があるので、安心して投資でき資金の流れが止まることがなかった。リーマンショックはアメリカから起こったが、日本はそこで立ち遅れ、アメリカとの差が開いてしまう大きな要因となった。

「資金の循環がきくのは大きなポイント。つまり、日本はもっとM&Aを積極的にするべきだと考えます」。

なぜ、日本ではM&Aが活発でないのか。日本のスタートアップのM&Aは、現在どのような状況なのだろうか。

「日本がM&Aを行っていないわけではないんです。海外と日本では目的や対象が違う。

海外では、スタートアップのようにまだ利益が出ていない状況でも、5年後10年後といっしょに事業を作っていく目的でM&Aをしています。日本は基本的に、出来上がった会社をM&Aする文化。すでに利益を出せる会社を売上や事業拡大を目的に獲得したり、事業承継として後継者がいなくなるので会社を買うというもの。さらに、会計制度上スタートアップを買うと損失が出てしまうことも大きく、どうしても消極的にならざるをえなかった。

ただし、スタートアップのM&A自体は、以前に比べ、特にソフトウェア業界では増えてきています。日本の企業も、自分たちが持っていない技術やノウハウを持つスタートアップといっしょになって、将来の売上になる事業を作っていこうとする動きに積極的になり始めていますね。

さらに、現在の会計制度上の問題からM&Aを促進する国際会計基準(IFRS)の任意適用が議論されていたり、また大企業がスタートアップに出資をする際の税制控除にM&Aまで含まれるようになるなど(オープンイノベーション促進税制)、スタートアップをM&Aする機運は少しずつ高まってきているように思います」。

ベンチャーが生まれる環境を日本に

牧野氏は、VCを志した経緯をこう話す。

「私は愛知県豊橋生まれです。高校時代まで過ごして大学で東京に行き、大学院で関西へ来ました」。

折しも、2001年から「大学発ベンチャー1000社計画」という、大学発ベンチャーブームの真っ只中。ちょうど学生だった牧野氏は、研究テーマに「大学発ベンチャー」を選択、研究の一環としてインタビュー調査を行った。

「なぜ大学の先生たちが起業したのか、どんなことをやっているのかを聞いていきました。すると、皆さんすごく崇高な動機をお持ちなんです。ある医学部の先生が、薬にしたいと研究するけれど、製薬企業はマーケットが大きいものに対しては動いても、希少疾患などはそうはいかない。しかし、目の前には困っている患者さんがいる。もう自分自身で何とかするしかないので起業したと。

そういうのを聞くと学生時代、私も純粋だったから(笑)、すごいな、こういう人たちが次の社会や未来を作っていくんだと感じるようになったんです。こうした人たちを周りからサポートできる、関われる仕事をということで、VCに興味を持つようになりました」。

ベンチャーが生まれる環境づくりに関わりたいと考え、フューチャーベンチャーキャピタル株式会社に入ったのが、牧野氏の最初のキャリアだった。京都に本社を置きながら、自治体などと地方のスタートアップを盛り上げるということをやっていた。

「ちょうど日本はITバブル期で、経営者の人たちがブログで情報発信をするようになって、東京の状況に影響され、関西にいた自分は焦っていました。一方で、海外の情報も気軽に受け取れるようになって、シリコンバレーってすごいんじゃないかと、2007年に自ら現地に飛びました。

そして、シリコンバレーにはスタートアップが生まれる環境がありました。国内だけで見たら、東京の存在感を大きく感じていましたが、シリコンバレーという世界のトップレベルから見るとどんぐりの背比べ。日本全体が、まだまだ駄目だなと感じました。そして、自分もベンチャーが生まれる環境を日本に作りたいと考えるようになりました」。

シリコンバレーで刺激を受けた牧野氏は、2011年から株式会社サンブリッジというVCで、東京、大阪、シリコンバレーを拠点に、日本のスタートアップを海外へ送り出し、海外のスタートアップを日本に連れてくる業務を行う。

日本のVCは当時も東京が中心。なぜ地方からのスタートを選んだのか。

「東京はある意味すでに環境がそろっている。ゼロからベンチャーが生まれる環境づくりに挑戦したかったんです。

サンブリッジは、日本にもシリコンバレーのような環境をつくろうと立ち上がった会社でした。私はゼロイチが大事だ、大事だと、いろんなところで言っていて、大阪でもそういう環境づくりをしてほしいと要望があり、声をかけていただきました。

東京以外の地域にもベンチャー企業が出てきたら、何かもっと地域を活性化するんじゃないかという思いもありました」。

一般的にVCは1を100にしていくような、事業を拡大・成長させるアクセラレーターの役割を担うといわれる。しかし、ゼロから1を生み出す仕事がなければ、結局は1を100にはできない。牧野氏のゼロイチに携わりたいというインキュベーションへの興味、スタートアップが生まれる環境への思いは、今の京都での活動に引き継がれている。

世界の中で存在感を放つ「モノづくりの日本」

牧野氏は、アメリカ・シリコンバレーでは投資したいと思わせるスタートアップが多くある一方、日本のVCには厳しい現実が待っていたという。

「向こうのスタートアップから『あなたたちと組んだら、何をしてくれるんですか?』と聞かれました。有望なスタートアップであればあるほど、投資をしたいVCも多いので、逆質問をして選んでいるわけです。今まではVCがお金を持っている側で、スタートアップたちに『差別化しろ』とか言っていたけれど、VC自身も差別化しないと生き残れない時代が来ると思いました」。

その答えが「モノづくりをサポートできるVC」だと気づいたきっかけは、あるアメリカのスタートアップから量産化の相談を受けたときだった。試作品はアメリカで作り、中国で量産化をやっているがうまくいかない。日本でならうまくできるかと聞かれた。

「日本ってモノづくりの国じゃないんですか、といわれたのです。確かにアメリカで『日本の企業は?』と聞けば、インターネットの企業の名前は挙がらず、その答えはトヨタでありホンダでありソニーなんです」。

日本で「モノづくり」をサポートできるVCであれば、彼らに投資するときのアピールになると思いついた。それが、2015年にハードウェア・ハードテックに特化した、今のMonozukuri Venturesを立ち上げるきっかけとなった。

「シリコンバレーから見たら、別に東京へ行こうとも思ってないし、もちろん関西なんかに行こうと思ってないわけです。でも、何か強みがあれば、絶対、東京からでも世界中からでも関西に来てくれる。その強みが、モノづくり。彼らが困っていることであれば、いっしょにパートナーシップや対等な関係が組めるんじゃないかと」。

その結果、Monozukuri Venturesは現在(2023年2月現在)55社に投資、半分がアメリカという状況となった。

オープンイノベーション推進の未来

「まだ検討段階なのですが、次は『オープンイノベーション』がテーマです。海外のスタートアップとのオープンイノベーションを推進していこうというのが大きなコンセプトですね」。と牧野氏は今後を明かす。

なぜオープンイノベーションをテーマとして掲げたのか。

「オープンイノベーションを進めるためには、スタートアップと企業との一対一のマッチングでは、難しいと感じています。一対複数にするということが重要。

コンソーシアムまではいかなくても、フォーラムのようなことを狙っています。なぜなら、シリコンバレーは、その環境がみんなを惹きつけているんです。つまり、環境が整えばスタートアップは集まる。そして、スタートアップが集まるから、他業の人や支援会社が集まってくる。その環境がインキュベーション装置となるんです」。

「ベンチャーキャピタルと聞くと、どうしても投資的な印象がありますけど、そうではなくて、こういうエコシステムをつなぐ中核的な存在なんだと。

特に、ハードウエア・ハードテックの領域というのは予定どおりに全部行くわけじゃないので、スタートアップとVCのあいだでかなり密なコミュニケーションのすり合わせが必要になってくる」。

そして、牧野氏はこのような流れは、今後どんどん来るであろうと予測している。

アメリカは、ニューヨークもあればサンフランシスコ、テキサス、ピッツバーグと、優れた特性の異なるエコシステムがあり、それがニューヨークにつながり、あるいはシリコンバレーにつながっている。このスタートアップシステムが今後、日本でも重要になると牧野氏は語る。

「日本は東京一極集中だけど、地域によってそれぞれの強みがある。地域の強みを活かしたスタートアップが育成される環境が整備されることで、より多くのパートナーが生まれる可能性があると思います。

今はまだ成熟の段階になっていなくて、芽も出ていない感じですが、東京にないものがあれば、どこでも環境の育成はできるんです」。

日本の地方も強みを活かしたスタートアップエコシステムがあれば、パートナーを惹きつけることができる。そんな未来を見据えて、牧野氏は京都でVCとしての取り組みを行っている。

株式会社Monozukuri Ventures インタビュー【後編】はこちら

PEAKSMEDIA編集チーム

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