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プロフィール
中部電力株式会社 事業創造本部 井ノ尾 徳哉 氏
2017年入社。新規事業開発を担う事業創造本部でスタートアップ連携や地域共創プロジェクトを推進。本プログラムでは全体企画の立場から、要件定義・スケジュール設計・プロモーション戦略などを担当する。
株式会社NTTドコモ コンシューマサービスカンパニー エンターテイメントプラットフォーム部ベニュービジネス担当 半田 直也 氏
2021年NTTドコモ入社。マーケティング部門を経て2024年よりエンターテイメントプラットフォーム部に着任。IGアリーナを拠点とした新規事業・共創プロジェクトの企画を担う。
株式会社愛知国際アリーナ セールス&オペレーション部 中村 政貴 氏
NTTドコモより出向。アリーナ事業の立ち上げ段階から参画し、現在はスポンサー連携を担当。中部電力をはじめとする企業パートナーとの協業を推進し、地域と企業を結ぶパートナーシップ構築に携わる。
産業の垣根を越えて――「地域共創」から始まる新たな挑戦
IGアリーナのスポンサーシップは、協賛関係にとどまらず、地域とともに価値を生み出すことを目的とした『パートナーシップ』だ。その理念に共鳴した中部電力は、地域・企業・スタートアップが協力して課題を解決する仕組みを具体化させた。
担当したのは、中部電力で長年、事業開発や新領域の創出に携わってきた井ノ尾氏。

「中部電力は近年、不動産事業にも注力し、ハードとソフトの両面から価値を高めることを目指しています。アジアNo.1のアリーナを掲げるAIAさんのデジタルとフィジカルのハイブリッドで「心おどるアリーナ」を作っていきたいとの想いに強く共感しました。スタートアップを始めとしたさまざまな企業と試行錯誤しながら事業を磨く仕組みとして、共創プログラムが最もふさわしいと考えました」(井ノ尾氏)
中部地方に根ざした企業が、IGアリーナという拠点を通じ、これまで接点のなかったプレイヤーとつながることで、まちづくりの可能性はさらに広がる。
「理想の体制を検討する中で、同じくAIAさんとパートナーシップを結んでおり、地域共創への熱意をお持ちであるドコモさんを加えた3社で取り組む方が、より大きな価値を生み出せると考えました」(井ノ尾氏)
IGアリーナでは、建設段階から地域住民との対話を重ねてきた。近隣地域の行政、商店街・商業施設、教育機関、住民代表などとの情報共有・意見交換を目的とする「IGアリーナ エリア連絡協議会」を立ち上げ、従来の地域文化を守ること、新たな賑わいを創出することの両面から地域とともに歩む体制を築いている。こうした対話の積み重ねがきっかけとなって、ドコモとIGアリーナは共同で2025年3月に地域発展への貢献を目指す『IGアリーナドリームプロジェクト』を立ち上げた。
ドコモの半田氏も、地元に根ざした企業と共に動けることに大きな魅力を感じている。

「ドコモとIGアリーナは『IGアリーナドリームプロジェクト』の第1弾として子どもたちを対象に絵画を募集する『IGアリーナ未来の夢コンテスト』を開催したばかりです。今回はIGアリーナと取り組むプロジェクトの第2弾として位置づけています」(半田氏)
異業種連携への期待をAIAの中村氏はこう語る。

「IGアリーナのコンセプトである『Global・Smart・Community』という3つの柱を実現するには、IGアリーナだけの力では限界があります。中部電力さん、ドコモさんと連携し、それぞれの強みを掛け合わせながら、新しい価値を形にしていきたいと考えています」(中村氏)
異業種が手を取り合い、愛知・名古屋という都市を舞台にスケールの大きな挑戦が動き出す。
共創の設計図――6つのテーマで描く社会実装
本プログラムでは、ここだけ・今だけの真似できない空間をつくり、より多くの人の接続と関与代(しろ)をつくり、持続的に波及し染み出していく場となることを目指す。
募集カテゴリは「コミュニティ/DX/エンタメ/サステナビリティ・レジリエンス/モビリティ/フリーテーマ」の6領域。小テーマ(観光・健康・チケッティング・脱炭素・小型モビリティ等)は協賛や自治体連携に応じて柔軟に展開する予定だ。中部電力はレジリエンスとまちづくり、ドコモは通信・データ活用、AIAはエンタメと地域共創を中心に、それぞれの強みを持ち寄って支援する。

さらに、スタートアップ支援やまちづくりの専門家を複数アサインし、各テーマに助言を行う体制を整備。互いの知見とネットワークを活かしながら、共創モデルを名古屋で実現していく。
「『レジリエンス』は当社の本業と最も親和性の高いテーマです。これまで社内では生まれにくかったソリューションを、スタートアップの皆さんと共に創り出したい。『モビリティ』も関心が高く、MaaSを検討する社内チームと連携しながら、地域の交通や暮らしをより便利にする仕組みを模索してみたいです」(井ノ尾氏)
「ドコモとしては、『IGアリーナドリームプロジェクト』などで培ってきた地域連携のノウハウを活かしたい。商店街との協働や、d払いを活用した街の賑わいづくりなど、日常の取り組みとこのプロジェクトをつなげながら、ドコモが持つあらゆるデータなどを活用・分析し、より効果的な支援を展開していきます」(半田氏)
「商店街のように人とモノが行き交う場所は、地域をつなぐ要だと考えています。IGアリーナとしても、地域コミュニティへのアプローチをさらに強化したい。さらに、既存パートナーの皆さまにも参画を呼びかけているところです」(中村氏)
プログラムは11月19日の報道関係者向け発表会とプレスリリースを皮切りに始動。年明けまでを応募期間とし、幅広い分野からアイデアを募集する。1月末までに3社とメンターが協議し採択企業を決定。選ばれたチームは2~4月にアイデアを磨き、5~6月にアリーナや地域を舞台に実証を実施。夏には成果発表のデモデイを予定している。

動かしながら考える――実証を軸にした共創フレーム
本プログラムが一般的なスタートアップ支援と決定的に異なるのは、「制度」ではなく「現場」に軸を置いている点だ。地域や社会の課題をIGアリーナというリアルな舞台を実験場とし、実際の来場者や地域の人の動きの中で検証を重ね、社会実装の可能性を探る。
「共創プログラムという仕組み自体は多くの企業が導入していますが、制度そのものが成功を保証するわけではありません。現場の課題を正確に捉え、最適なソリューションをタイムリーに投入できる体制があってこそはじめて成果が生まれるものだと考えております。制度設計を目的化せず、現場での実証とフィードバックを通じて磨き上げていくことを重視しています」(井ノ尾氏)
もう一つの特徴は、3社による共同主催だ。テーマ設定は共創運営の中でも難しい工程だが、3社が異なる専門領域を持ち寄ることで幅広い分野をカバー。さらに各社がCVCや投資組織を有し、地域から全国に広がるスタートアップネットワークを共有できる点も強みだ。

「今回は『人が集まるリアルな場』で新しい体験を生み出せるのが大きな魅力です。ドコモの強みは、通信やITといったデジタル領域ですから、エンタメと街づくりをつなげ、来場者の動きを街のにぎわいへと還元していきたいと考えています。過去には、次世代通信技術「IOWN」を活用し、関西万博会場とアリーナを結びライブビューイングを実施したことがあります。このライブビューイングでは、遠隔地で行われるバスケットボールの試合をリアルタイムに万博会場へ届けたほか、両会場から応援の掛け合いなどを実施しました。映像や音声を遅延なく両会場から届けることができたため、万博会場にいながらも、現地との一体感を生み出すことができました。
この取り組みは一例ですが、今後も、次世代通信技術「IOWN」やミリ波を活用し新しい体験を生み出す挑戦をしていきたいと考えています。」(半田氏)
「IGアリーナには、スポーツから音楽ライブまで多様なコンテンツが集まります。音楽ひとつとってもK-POP、海外アーティスト、日本の人気アーティストとジャンルも幅広く、来場者も若年層から高齢層まで実に多様です。そうした幅広い層にリーチしながら実証できるのは、スタートアップにとって貴重な機会となるでしょう。特定の客層に偏らず、多様な人々に新しい価値を届けられることが、最大の魅力だと感じています」(中村氏)
人が集まり、感情が動くリアルな場所を実証の舞台にする。その発想こそが、このプログラムの象徴であると言えるだろう。
数字で語り、心で動く――共創を支える思考と姿勢
募集対象は、現社会実装まで走り抜ける意志を持つチームだ。
実証可能な段階にあるスタートアップや、事業会社の新規事業チームを中心に、大学発の研究プロジェクトやCVCとの協働も視野に入る。
「実際の開発プロセスでは、想定していた計画がそのまま進むとは限らず、状況に応じて軌道修正を求められることもあります。そこで『どうすれば実現できるか』を一緒に模索できる方と取り組みたいです。柔軟性と粘り強さをもって課題に向き合える方と共創したいと考えています」(井ノ尾氏)
名古屋出身の半田氏は、このプロジェクトを「地元の価値の再発見」として語る。
「名古屋の人はどこか控えめで『名古屋には何もないからね』と謙遜してしまうところがある。でも、IGアリーナのような誇れる拠点ができた今こそ、『名古屋ってすごいよね』と言える街にしたい。企業や人が垣根を越えて関われる環境をつくり、地域全体の可能性を広げていきたいです」(半田氏)
中村氏は、長期的な視点を持つパートナーとの協働を望む。
「IGアリーナはホスピタリティやスポンサーシップなどを掛け合わせて中長期的に価値を生み出す『複合型ベニュービジネス』です。短期的な実証で終わらせず、『この先どう発展させていくか』をともに描ける企業と歩みたいと思っています。名古屋自体を一緒に楽しむというところまで目指したい」(中村氏)
さらに、スタートアップが成長していくためのポイントについても、これまでの経験を交えて語ってもらった。
井ノ尾氏はさらに、チームの「開かれた文化」と「論理的思考」の重要性を強調する。
「自由に意見を言い合えるチームほど成長が速い。そして、取り組むテーマや課題に対して深い理解があり、感覚ではなく数字で語れる姿勢――たとえば『500件訪問して50件が検討に入り20件が成約』といった定量的な検証を丁寧に重ねられるチームは強い。情熱と同じくらい冷静さを持つ企業が、最終的に伸びていくと感じます。どのパートナーと協働するかを見極める力も重要です」(井ノ尾氏)
半田氏は、成功の鍵は顧客視点にあると語る。
「新しい価値を生み出すには、事業者の論理だけでなく、体験する人の目線が欠かせません。『これなら絶対に喜ばれる』という確信があり、目的の解像度が高いチームこそ、結果的に良いプロダクトやサービスを生み出せる。そうした共通理解をもって動けるチームが、伸びるスタートアップだと思います」(半田氏)
動き続ける姿勢こそが価値になる。その循環の中にこそ、共創の未来は芽吹いていく。
技術を社会へ送り出す――製造業にこそ開かれる共創の新機会
中部地方に多い製造業の企業にとっても、今回の共創プログラムは大きな可能性となるだろう。長年、自社内で技術開発を完結させる「クローズド・イノベーション」を強みにしてきた企業であっても、経営環境の変化が激しい今、10年以上をかけた研究開発は許されにくくなってきた。井ノ尾氏はこう語る。
「すべてのプロセスを自社で賄うのではなく、自社の優位性が発揮できる領域に特化し、その他は共創によって進める。そんなオープンイノベーションの発想が、事業開発のスピードや柔軟性を大きく高めると思います。共創プログラムのような実証の場づくりは、技術経営の新たな引き出しを増やすきっかけになるはずです」(井ノ尾氏)
自社技術を社会課題の解決につなげるためには、仕組みづくりよりも「現場」と「顧客起点の視点」が欠かせない。井ノ尾氏はさらに続ける。
「重要なのは、技術の先にあるユースケースを描き、ユーザーの手で実際に使ってもらいながら検証を重ねることです。どんな顧客のどんな課題を解くのかを具体化していくことに事業化の鍵があります」(井ノ尾氏)
半田氏は、デジタルの視点からこう補足する。
「製造業にも多くのデータがあるのに、それが活用されていないケースがあると感じます。工程データを見える化し、AIやクラウドで統合・分析して活かしていくプロセスを一緒に構築できるのが、通信事業者であるドコモの強みです。まだ見えていない課題をデータで可視化しながらつなげていく、せっかくのデータを活かすためにも、ぼんやりとした課題感でも構わないので、一緒にディスカッションを重ねて方向性を整理していく。そこに、共創プログラムの大きな価値を感じています」(半田氏)
中村氏は、技術導入における継続可能性の重要性を指摘する。
「IGアリーナには、保守管理から飲食提供、来場者対応まで多くのスタッフが関わっています。そうした人たちが使うモノやサービスのほか、ソフトな製造業や飲食、ホスピタリティ分野の技術も十分に活かせると思います。新しい挑戦であっても、その先にサステナブルな仕組みをつくることが欠かせません。運営側やユーザー、興行主など複数の立場が長期的に使いやすい環境をどう維持するかという視点も重要です」(中村氏)
井ノ尾氏は、製造業の知的財産活用にもアクセラレーター型の共創が有効だと語る。
「中部電力でもエネルギー関連の特許を多く持っていますが、それをR&D部門だけで検証するには膨大な時間がかかります。一方で、プログラムでテーマを公開すれば、半年から1年で『この技術と組みたい』というパートナーが現れる可能性が高い。特許や技術を社会とつなぐスピードが一気に上がるんです。製造業にこそ、こうした共創の場は相性が良いと思います」(井ノ尾氏)
中部エリアのものづくり企業が持つ強い技術力を、開かれた実証の場へ。このプログラムは、そんな未来への扉を静かに押し開こうとしている。
人と街が動き、産業がつながる――IGアリーナから始まるエコシステム
3社が目指すのは、アリーナを核に据え、地域・企業・スタートアップが継続的に価値を生み出す「循環型の共創モデル」だ。IGアリーナを拠点に、名古屋という都市を実験場としながら、社会実装のかたちをアップデートしていく。起業家がこの街に関わり、関係人口として増えていくことで、IGアリーナそのものの価値が高まり、周辺エリアの体験価値も連動して進化する。そんな好循環の構築だ。

井ノ尾氏は、この取り組みを「地域の誇りを高める挑戦」と語る。
「今回のプロジェクトをきっかけに、名古屋や愛知のポテンシャルをより多くの人に知ってもらいたいです。新しいサービスや仕組みを通じてお客様に喜ばれる体験を創出し、地域が誇れる新しい価値を生み出したい。社会的サステナビリティと経済的サステナビリティ、両方の実現を目指しています」(井ノ尾氏)
半田氏が取り組みの要に据えるのは、持続的な関係づくりだ。
「このプロジェクトを通じて、3社や参加企業が仲間のような関係になれたらと思っています。『自分たちも参加したい』という企業が増え、社会的・経済的価値を両立するCSV(Creating Shared Value)の考え方を実践していきたい。今回はあくまで第一歩。長く続く共創の仕組みに育てていきたいです」(半田氏)
半田氏は、さらに一歩踏み込んでこう続ける。
「通常、大型アリーナには商業施設が隣接しているケースが多く、相互送客を前提に設計されています。しかし、IGアリーナには大型商業施設が隣接していません。これは、一見すると弱みに思えるかもしれませんが、むしろ強みです。決まった連携先がないからこそ、地域や商店街、企業といった多様なプレーヤーと自由に組んだ相互送客が可能です。チケッティングやモバイル利用といった接点を活用して周遊施策に活かせるでしょう」(半田)
中村氏は、IGアリーナを「社会のハブ」として機能させるのが夢だと話す。
「音楽やスポーツのツアーの中で『たまたま名古屋にあるから使う』ではなく、このプログラムのように『IGアリーナだから行きたい』と思ってもらえる存在を目指しています。IGアリーナがあるから愛知・名古屋へ行く――そんな目的地になることで、街が発展し、人が集まり、再びアリーナへ戻ってくる。そんな循環をつくりたい。少し大きな話になりますが『アリーナが社会のハブになる』ことが、今回の取り組みを通じて実現していきたい未来の姿です」(中村氏)
このプログラムは、愛知・名古屋から社会実装の新しいモデルを生み出す「イノベーションの発射台」だ。異なる産業と人が交わり、実証から価値創造へ、そして循環へと歩みを進めていく。人と地域が動き続けるかぎり、この共創は進化を重ねていくだろう。



