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カーボンニュートラルの切り札「CCS」とは?新たな解を創るCO2分離膜法|株式会社OOYOO(ウーユー) インタビュー

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世界の人為的CO2(二酸化炭素)排出量は360億トン。2050年までにCO2排出を実質ゼロにするため、技術の研究開発競争が世界で激化している。再生可能エネルギーへの転換や電化による排出抑制策だけでは、カーボンニュートラルは達成できない。

CO2を炭素資源と捉え、これを回収・貯留し、さらに回収したCO2の貯留に加えて利用することは、ネットゼロへの唯一現実的なソリューションとして期待が高まっている。

CCSは、火力発電所などの排ガスからCO2を分離・回収して輸送、地中へ貯留する技術だ。

CO2分離・回収技術の中でも特に注目されている「CO2分離膜法」における高分子分離膜を研究開発する京都大学発ベンチャー株式会社OOYOO創設者のイーサン・シバニアさんに、CCSの意義や同社の技術、今後の展望について話を聞いた。

プロフィール

株式会社OOYOO 創設者/取締役CTO イーサン・シバニアさん

ケンブリッジ大学でPhD(博士号)取得後、アメリカ、日本などで「Creative Solutions to a Cleaner world」をテーマに研究・活動する。2020年、自身の研究成果を事業化するために株式会社OOYOOを設立。京都大学高等研究院の研究機関「物質-細胞統合システム拠点(iCeMS:アイセムス)」の教授であり、ベンチャー起業家として二足の草鞋を履く日々。

カーボンニュートラルへのソリューション、CCSの意義とCO2回収の現状

2050年のカーボンニュートラルは、再生可能エネルギーへの転換や電化による排出抑制策だけでは到底達成できません。CO2排出を実質ゼロにするため、世界で急激に開発が進むCCSの与えるインパクトについて教えてください。

空気中のCO2濃度は、昔に比べて年々高くなっています。具体的な数字でいうと、現在およそ420ppmで、1990年までは350ppmくらいでした。大気中のCO2濃度の上昇は、大地に降り注いだ太陽の熱が抜けずに、CO2層に反射して地球を温めてしまう温暖化につながっています。深刻な影響を与える地球規模の問題解決のため、CO2濃度を下げる努力は不可欠です。

CCSは、火力発電所や製鉄所などから出る排ガスからCO2を分離・回収し、地中深くに埋めることにより、安全に空気中のCO2濃度を減らす仕組みです。CO2回収に着手しない会社は、近い将来ビジネスができなくなってくるでしょう。消費者も環境に配慮しない、CO2に無関心な会社の商品を買わなくなる流れが、今後ますます進んでいくと思います。

CO2の回収法には、具体的にどのようなものがあるのでしょう?

CO2の回収には、いろいろな方法があります。森林の光合成によって、あるいは海や土壌へ自然に吸収されることでCO2を減らしていくナチュラルなプロセスもありますが、これは非常に時間がかかり、酸性化など別の問題もあります。そこで行われるのが、産業プロセスによる回収です。

産業プロセスによる回収の中で、今メジャーな回収方法としては、化学吸収法(アミン法)が挙げられます。化学吸収法とは、簡単にいえば排ガスをアミンという物質の水溶液に通して液中にCO2を取り込み、加熱によって溶液からCO2だけを気化させて分離する方法です。

そのほか、圧力の変化を使って集める技術で、高圧で物質にいったん吸着させたCO2を減圧し、CO2だけを取り出すという「PSA(Pressure Swing Adsorption)」という方法もあります。どちらの方法も、吸着させる物質が大きく、さらに装置も複雑で大型になります。工場とは別に、3階建ての施設が必要になるくらいスペースもコストも膨大です。

一方、我々が開発している「CO2分離膜法」は、省スペース、コスト減を実現するのに大変有効です。メンブレン(膜)を通すだけなので、スペースを考えただけでもメリットがあります。装置全体で見ても、ほかの方法に比べれば格段に小型化され、低コストなのです。

世界が注目するCO2分離膜法

CO2分離膜法は、ほかの回収法に比べて装置が小型であること以外に、どのようなメリットがありますか?

薄い膜がメイン装置という省スペースに加え、ほかの技術に比べて加熱や高圧力といったエネルギーコストが大幅に抑えられるのもメリットです。さらに、膜の面積は、サイズが自在で小さくも大きくもできます。そのため、大規模な工場にも小さな工場にも合わせることができるのです。

さらにいうなら、大規模な工場にあるほかの回収法とCO2分離膜法を組み合わせて、CO2の回収効率を上げることもできます。

CO2分離膜法の普及に向けた取り組みや構想について教えてください。

OOYOOは、分離膜技術を用いた、安価なCO2回収システムの提供を目指しています。産業由来のCO2排出量は、カーボンニュートラルの大きな課題です。火力発電所などの大規模プラントだけでなく、小・中規模プラント向けにもCO2分離回収プロセスの導入を拡大していかなければ、カーボンニュートラルは実現できません。だからこそ、省スペースかつ省エネルギーなCO2分離膜法の普及・実用化が切り札となります。

我々は今、工場のボイラーなどから出される燃焼排ガスから、安価にCO2を分離回収できるシステムの開発・実証を進めています。具体的には取り扱いが簡単で、低コストで生産できる分離膜やプロセスのほか、中小事業者が現実的に導入できるモジュールやシステムなどです。

現在、「GHGプロトコル(国際的な温室効果ガス排出量の算定・報告の基準)」のスコープ3(サプライチェーン排出量の区分)までを可視化する動きが、世界的に強まっています。自社内の取り組みだけでなく、今後は中小規模のBtoB企業から排出される、サプライチェーン排出量の算定も必要となり、顧客からCO2削減の要望も高まるでしょう。そうしたニーズにも、OOYOOの技術は応えられると信じています。

OOYOOが開発したCO2分離膜モジュール
では、CO2分離膜法の現状の課題は何でしょう?

一番の課題は、この回収法への信頼性です。CO2分離膜法は、まだ商業ベースにのっていない技術で、前例がない。アメリカの企業が政府と実証実験を行っている段階にあるなど、いまだ世界で実用化にこぎつけたところはありません。

例え1,000億円かかる技術を、我々だと半分の500億円でできると提案しても、前例がないため採用されないでしょう。大きな施設では必ず大きな装置が必要になるため、高額の投資が発生します。そこで、実証を重ね、信頼を勝ち取るために、我々は小さな工場から実験を進めています。

もちろん、分離膜法というのはまったく新しい技術ではありません。価値の高いメタンや水素など、ほかの物質では採用されています。しかし、CO2の回収については、技術面・コスト面で超えなければならないハードルが高く、技術開発がまだ始まったばかりなのです。

ほかの会社でも研究開発が行われています。OOYOOとはどのような違いがあると考えていますか?

フィルムメーカーなどは、自社技術をCO2の分離に転用した研究を進めているようです。一方、OOYOOは、CO2の分離を目的とした研究を進めていることが大きな違いであると考えます。

OOYOOは、CO2分離膜法のためにゼロから開発に着手しているため、素材や手法などの選択肢を、制限なく常にベストな選択をすることができます。

分離膜は、複数の層で構成され、その材料や層の組み合わせを複雑かつ繊細に工夫することでデザインされています。素材となる物質の作り方や、分離膜の塗工技術についても我々の専門分野です。独自の手法を用いることで、トップレベルの高機能CO2分離膜の開発を実現しました。

他社が既存の技術を応用させたマルチパーパス(多目的)であることに対し、OOYOOはCO2分離回収のためのワンパーパス(1つの目的)の技術です。1つの目標にフォーカスしていることは、開発スピードにつながります。2050年という差し迫った目標を前に、特にこれからの数年間、CO2分離膜分野では、世界中でしのぎが削られるでしょう。

回収純度を上げるための品質向上はもちろん、国際的な競争力を保つためには、特に開発スピードが重要です。我々は、常にスピードを意識して取り組んでいます。

では、世界で見るとCO2の分離技術はどうでしょう?

アイスランドでは600億円の資金を投入して、2030年までに100万トンのCO2回収を目標にプロジェクトが始動しました。ただし、こちらは空気中のCO2を直接回収する「DAC(Direct Air Capture)」という方法で、化学吸収法と分離膜法の両方を使って分離を行います。現在、4万トンのCO2を回収しているようです。

しかし、空気からの回収ではCO2濃度がかなり薄いため、たくさんの量を集める必要があり大変です。我々の場合、排ガスからの回収システムを想定しているので、もっと効率良く集められます。

また今後は、各分離技術の進展により、世界中のCO2回収マーケットは拡大していくでしょう。アメリカやヨーロッパ、ノルウェーなどの北欧も、メンブレン分野への研究・開発に力を入れています。日本は保守的というか、まだCO2問題に対しての切迫感が薄いです。その分、ニーズも低い。

世界のどこにも、いまだ実用化されたメンブレンの分離回収施設はありません。だからこそ、急いで我々の技術を実用化させたいと考えています。

OOYOOは、2027年までに100万トンのCO2回収を目標にしています。これが、どのくらいなのかわかりやすくいうと、約12万人が排出する年間のCO2の量です。すでに多くのクライアントを確保しつつあり、規模を拡大しながら目標を達成したいと考えています。

研究開発で京都から世界を目指すOOYOO

OOYOO創業から現在までについてお聞かせください。

我々OOYOOは2020年に設立しました。その後COVID-19の影響で、事業活動が思うように進みませんでした。ようやく2022年から事業活動を本格化するため、1年間で社員が約15名になりました。そのほとんどが研究開発スタッフなので、事業管理や営業などのリソース不足が現状の課題です。今後、重点的にそれらを補いながら、ビジネスを軌道に乗せていきたいと考えています。

現在は、複数の企業と実証をしっかり重ねているところです。我々はスタートアップですから、パートナーとともに事業を進めていきたいと考えています。新しい分離膜法にトライしようというチャレンジ精神、あるいはほかのソリューションがないからなど、理由はそれぞれですが、2、3の大きな企業も名乗りを上げてくれています。

しかしまだ、パートナーが必要です。小さな企業にとって、実証を進めるのは容易ではなく、まだまだ難しい状況ではあります。我々のシステムにかかる費用は、今は開発中の段階なので高くなりますが、実用化すれば10分の1になる想定です。そうすれば、導入できる企業が増え、ネットゼロも実現されるでしょう。

2013年、世界各地から研究者が集まって、京都大学内にOOYOOの礎となる研究者チーム「Pureosity」を創設。そして2020年、製造業界や特許の分野で経験を積んだ専門家チームが編成され、OOYOOが設立された。
CO2有効利用も含めた炭素循環ビジネスにも取り組まれていますか?

我々がビジネスとして取り組んでいるのは、CO2分離回収システムの提供です。しかし、分離回収したCO2をどのように活用したらよいのか、という相談もお聞きします。

分離後の活用としてよく聞くのは、農業における温室でのCO2利用です。温室内のCO2濃度を上げて生育を早めたり、大きく育てたりする栽培技術はすでに実用化されています。現在は、CO2を他所から持ってきて充填しますが、温室の発電機から出るCO2を使えれば、その場の循環で完結できるようになるでしょう。そういったアイディアを形にできそうなプロジェクトが進行中です。「ゼロカーボンシティ」や「ネットゼロ」を掲げてプロジェクトを立ち上げる地方自治体と組んで、進めていきたいと考えています。

OOYOOという社名はとても印象的ですが、どのような意味があるのでしょう?

社名に意味はありません。むしろ、意味のない言葉を作りたかったです。音の響きから考えました。空気とか水に関係のあるワードを使ったら、「ああ、この会社は半導体はやらないだろう」とか、見当がついてしまいますよね。社名に意味を持たせて、限界を設けたくなかったのです。

今後は、もっとほかの技術も開発したいと考えています。京都大学はベンチャーをサポートする土壌があり、私が所属するアイセムスは、自由で本格的な設備がそろった施設で支援も万全。OOYOOは京都大学と共同研究を行っていて、自由で柔軟な発想を持ちながら研究開発を進めています。

OOYOOは、私の子供です。一生懸命育てていきたいと思っています。私はまず、この会社にしっかり道筋をつけたいと考えています。

世界各地で研究されてきた中で、どうして創業の地に京都を選択されたのでしょう?

2013年にケンブリッジ大学にいた頃も、会社を作ろうという考えはありました。しかし、2008年に研究員として在籍した京都大学、そして日本への思いがあったのです。

京都大学からは、いまだ大きなベンチャーがないとも思いました。ものづくりやカルチャー、学術と、京都は大変恵まれています。東京にはビジネスブランド、大阪にはインダストリアルブランドがある。世界に打って出るなら、京都から生まれた新しいブランドになりたい。

ネットワークを築くのが容易ではない京都ですから、人脈は日々開拓中です。OOYOOの新社屋は、西陣で古い建物を使ってできたら理想的ですね。ファブレス(工場を持たない)な企業ですから、そこまで大きな敷地は必要ではありません。

CO2分離膜技術以外に、これからの展開について教えてください。

今後やりたい開発は、CO2分離膜技術以外にもたくさんあります。京都大学大学院医学研究科のイノベーション施設に新しいラボを開設しました。この新しいラボでは、医療系の技術開発に着手しています。

例えば、肺に疾患のある方の中には、純度の高い酸素が必要で、キャリーケースを引いている人がいます。キャリーケースの中身は、空気から酸素と窒素を分離する装置です。我々は、それをスマートフォンくらいの大きさにできたらと考えています。

未知のフィールドへ行くと、ゼロから考えなければいけません。我々は、その分野での常識にとらわれないので、変なことを思いつくことができます。直線でもない、サークルでもない、スパイラルな思考から開発へとつながるのです。

PEAKSMEDIA編集チーム

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