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最先端の核融合科学と産業界の連携を目指す――液体水素冷却による超伝導技術やサステナブルな水素製造で新たな課題に挑戦| 核融合科学研究所

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核融合エネルギーは、カーボンニュートラル実現に向けた次世代エネルギーとして注目されており、世界各国で研究開発が進められています。その中で、NIFSは日本の核融合研究の中核機関として、大型ヘリカル装置(LHD)を活用した最先端の研究を行っています。

NIFSはいまLHDによる研究成果をもとに核融合の実現を目指す多くの研究課題を一般化することで、核融合科学の学際化を進めている。今回は産業界での長い研究開発のキャリアを生かしてNIFSで活躍されているお二人に、核融合技術が製造業に与える影響、企業との協力の可能性、今後の展望などを伺いました。

プロフィール

左:大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所 超伝導·低温工学ユニット 教授 平野直樹氏

核融合プラズマ保持のコア技術である超伝導コイルによる磁場を利用した応用に関する研究、ならびに液体水素温度領域付近における超伝導コイル冷却をはじめとした極低温冷却技術の研究開発。大手電力会社で長年超伝導技術の電力応用に関する研究に携わり、2019年にNIFSへ。NIFSでは、高温超伝導コイルの研究開発や、電力貯蔵への応用研究、磁気冷凍技術を用いた高効率冷却技術の研究に従事。

右:大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所 核融合科学学際連携センター 特任准教授 仲村直子氏

NIFSで「水素」の研究マネジメントを推進。産業ガスメーカを経て産業冷凍機メーカーから同研究所に転職した経歴を持つ。2021年頃からNIFSと共同研究を行い、核融合炉の高温超伝導コイルの冷却に液体水素を使えるかどうかの研究を実施。カーボンニュートラルの切り札と言われている「水素」に注目し、産官学連携による核融合技術の社会実装に関する支援を行う。

日本独自のヘリカル型で核融合プラズマを研究。現在は核融合科学の学際化を推進

NIFSは、核融合研究の中でも独自の役割を担っていると伺いました。設立の背景や大型ヘリカル装置(LHD)を用いたこれまでの研究成果について、ご紹介をお願いします。

平野氏:私たち核融合科学研究所(NIFS:National Institute for Fusion Science)は、核融合科学分野における国立の研究所で、大学共同利用機関として各地の大学から研究施設の共同利用が行われています。

元々の成り立ちは、3つの研究機関の統合によるものです。超高温プラズマの基礎的研究を行っていた名古屋大学プラズマ研究所、ヘリカル型の核融合実験装置の研究開発が行われていた京都大学ヘリオトロン核融合研究センター、そして核融合の理論面を研究する広島大学核融合理論研究センターを移管·統合し、核融合技術の確立に向けた研究を行う文部省直轄の研究所として設立されました。京都大学で基礎研究がなされていたヘリカル型プラズマ装置の規模を拡大する形で、1997年に大型ヘリカル装置(LHD:Large Helical Device)を開発し、地上の核融合の実現に向けた研究に取り組んできました。

ヘリカル型はねじれたコイルを周回させて閉じ込め磁場を作る、日本独自のヘリオトロン方式を用いるもので、プラズマの長時間保持が可能という特徴があります。

核融合燃料である重水素と三重水素の持続的な核融合反応を起こすには、「臨界プラズマ状態」を達成する必要があります。これは超高温プラズマを加熱するエネルギーと、プラズマ中で発生する核融合反応エネルギーが等しくなる状態でもあります。そのためには「ローソン条件」と呼ばれる1億度以上のプラズマの温度、1立方cmあたり100兆個以上の密度、1秒以上の閉じ込め時間が同時に求められます。

LHDでは、1998年3月31日にファーストプラズマ点火を達成して以来、研究を重ねながら高温プラズマの性能を高め、密度についてはローソン条件を大幅に上回る1200兆個の中心密度を達成し、2017年3月から開始した重水素を用いた実験では1億2000万度のイオン温度を達成しました。

また、54分間のプラズマ長時間閉じ込めにも成功しています。


ヘリカル型はねじれたコイルを周回させて閉じ込め磁場を作り、高温プラズマを安定的に閉じ込める。長時間運転に適した構造が特長。
四半世紀にわたって世界最大の超伝導プラズマ閉じ込め装置として多くの成果を挙げてきこられたということですね。 LHDでの実験を通じて見えてきた新たな知見や、現在のNIFSにおける研究の方向性についてもお聞かせください。

平野氏:核融合で重要なのはプラズマの制御ですが、実はプラズマの現象というのはよくわかっていないことが多く、LHDのような大型の実験装置を実際に運転して初めてわかったことも多くあります。

例えばプラズマはイオンの流れなのですが、その流れの中に渦のような乱れが起きることがわかりました。そうした現象の影響も、この研究所でプラズマのシミュレーション研究と実際の実験データを突き合わせることで明らかになりました。

核融合の社会実装の最終的なゴールは核融合発電になりますが、それに向けた研究は核融合発電の実用化を目指す国際熱核融合実験炉(ITER)や茨城県那珂市の次世代トカマク実験装置JT-60SAにバトンを渡す形で、LHDはそのミッションを学際的研究に転換しました。現在、NIFSはアカデミックな研究開発機関として、ヘリカル型やトカマク型などの区別なく、プラズマ研究を中心とした核融合科学の「学際化」を方向性としています。

NIFS は1998年の大型ヘリカル装置(LHD)稼働以来、世界最大の超伝導プラズマ閉じ込め装置として核融合研究を牽引してきた。2023年度からは「学術研究基盤LHD」として再始動し、高精細な計測による国際共同研究を通じて、核融合や宇宙プラズマの理解を深めるとともに、オープンデータで異分野連携も推進している。画像提供:NIFS

ローソン条件とは…ローソン条件とは、核融合反応でエネルギーを得るために必要な3つの要素――プラズマの密度(n)、温度(T)、エネルギー閉じ込め時間(τ)の積(n×T×τ)が、ある一定の値を超える必要があるという条件です。この条件を満たすことで、核融合による発電が可能になります。

水素と共進する核融合技術──安定供給と脱炭素の両立を目指すエネルギーモデル 

平野様と仲村様は、NIFSにて「水素」に関する研究マネジメントを推進されているとうかがっています。次世代エネルギーとして注目される核融合発電と、脱炭素·カーボンニュートラルの観点からも期待が高まる「水素」はどのように関わってくるのでしょうか。現在取り組まれている研究内容や、その背景についてお聞かせください。

仲村氏:水素を燃料とする核融合発電は、二酸化炭素を排出しないクリーンな発電方式として、環境面での貢献が期待されています。平野先生と私が携わっている取り組みでは、この核融合炉から得られる熱を活用し、サステナブルな水素を製造する方法についても検討を進めています。

核融合発電は、昼夜や季節を問わず安定して電力を供給できる「ベースロード電源」として有望ですが、それだけでは太陽光や風力といった再生可能エネルギーの出力変動を補う“調整力”にはなりません。

そこで、核融合炉から得られる熱を、発電用の蒸気タービンと水素製造の間で切り替えながら運用できれば、通常時は安定した電力供給を担いつつ、再生可能エネルギーに余剰電力が生じるようなタイミングでは、水素を製造するという柔軟な活用が可能になると考えています。

現在、水素の供給コストは1立方メートルあたり100円程度ですが、政府の「水素基本戦略」では、2030年に30円、2050年には20円まで引き下げるという目標が掲げられています。現時点では、海外から水素を大規模に輸入することで価格を抑え、インフラ整備を進めようとしていますが、この方法ではエネルギーの海外依存構造は変わりません。

これに対し、核融合炉を活用して国内で安価に水素を製造できれば、日本のエネルギー安全保障にも大きく貢献できると考えています。私たちは、そうした可能性に向けた研究を進めています。

水素の産業的な製造方法は、化石燃料を水蒸気で改質したり、再エネなどの電力を利用して水を電気分解したり、という製造方法がよく知られていますが、核融合炉から出る熱を使って水素を製造するのでしょうか。  

仲村氏:たとえば、国内では約900℃の高温とヨウ素・硫黄の化学反応を組み合わせて水を熱分解する「熱化学法ISプロセス」による水素製造の研究が進められています。

原子炉と核融合炉はいずれも高温の熱を取り出して電力に変換するという点で共通しており、こうした水素製造技術の応用が期待されています。

核融合炉から得られる熱を活用し、水素を製造する方法に取り組まれる一方で、水素による冷却の研究も推進されていると伺っています。

仲村氏:融合では超伝導コイルによる磁場を使って超高温のプラズマを閉じ込めています。この超伝導コイルを冷却するために、大量の液体ヘリウムを使用します。このヘリウムも全量輸入しており、世界的に需給が逼迫している中で価格は上昇し、市場の安定性もあまりないのが実情です。

ヘリウムは、マイナス269 ℃(約4K)という極低温で液体になります。これに対して水素はマイナス253℃(約20K)で液化します。その差は20℃もないのですが、極低温域においては「たかが20℃、されど20℃」で、温度が20℃上がることで冷却設備の消費電力を大幅に下げることができます

先ほど核融合を起こす入力と出力が等しくなるローソン条件を超えるのが課題とありましたが、この入力エネルギーには冷却設備の電力も入れて考える必要があります。これをいかに省エネにしてくのか、核融合は水素を燃料としていますから、水素とは親和性が良いので、カーボンフリーのクリーンなエネルギーという以上の付加価値をつけていこうという狙いがあります。

ただ、この超伝導コイルを液体水素で冷却する研究は始まったばかりで、液体ヘリウムを液体水素に代えることで何が起こるのか、世界中の研究者が検討を始めた段階です。

平野氏:少し補足すると、核融合用の超伝導コイルを作るというと、これまで金属系の超伝導体を液体ヘリウムで冷却していたわけですが、少し前から大電流導体、10kA(キロアンペア)、20kAを超える電流を流せる導体に高温超伝導体が使えるのかという研究は始まっています。

具体的には3種類ほど導体の候補があって、それぞれ長さ1mほどの試験材料を試作して、NIFSにある試験装置を使って、実際に大電流が流せるのかという実験を行なっています。

こうした実験も、通常はなかなか設備がなくて難しいのですが、NIFSには液体ヘリウムの温度だけでなく液体水素の20K(ケルビン)やそれより少し高い30Kに試験環境を変えて実験できる設備がありますから、こうした超伝導大電流導体の研究において、他よりも頭一つ抜け出ているところがあります。

核融合と親和性の高い水素を軸に日本の製造業との連携を探る

LHDの研究開発で蓄積してきた技術や設備が、液体水素利用という新しいチャレンジにおいてもアドバンテージになっているのですね。大学共同利用機関としてアカデミアと連携した研究を行う一方で、産業界との連携にも積極的に取り組んでいらっしゃいますが、産学官連携という切り口で、日本の製造業に対する期待を教えてください。

仲村氏:現在、核融合発電の実現に向けて、世界中で多くのスタートアップ企業がそれぞれ独自のアプローチで開発を進めようとしています。私は、こうした最先端のものづくりには自然と人や企業が集まり、競い合う中で技術が磨かれ、産業全体が成長していくと考えています。

NIFSでは、実験装置の開発もアカデミアの枠組みの中で進めていますが、私たちが「こういう挑戦的なことをやりたい」と描く構想を、実際に形にしてくださるのは民間企業の皆さんです。今後も、そうしたチャレンジングな開発を企業の技術力とともに実現していく形が主流になると考えています。

平野氏:我々の取り組んでいるテーマ関係でいうと、金属系の超伝導線材で大型コイルを製作する技術は、すでに確立されています。

それを先ほど説明したように液体水素温度でも超伝導状態が維持できる高温超伝導線材に置き換えたらどうなるのかという話では、実はまだ大型のコイルや大電流導体を作る技術がありません。一方で、今はITERの金属系超伝導を用いた大型コイルの製作が終わった段階です。

加えて、液体水素冷却による高温超伝導コイルを「今すぐ」開発・製作するならば対応できるかもしれませんが、5年後、10年後となると、技術者が確保できなかったり、製作を担える企業自体がなくなっている可能性もある。この点は、将来的な技術継承という意味でも、非常に切実な課題だと感じています。

仲村氏:私は前職で産業冷凍機メーカーに勤めていましたが、その経験から強く感じているのは、一度製品や開発テーマが途絶えてしまうと、それを再び社内で立ち上げるのは非常に困難になるということです。たとえばすでに販売を中止した「10年前の装置をもう一台つくってほしい」と言われても、すでに誰も詳しいことが分からず、「対応できません」という状況になってしまうのです。

開発当初は、原理を理解しながらものづくりをしていた技術者たちが確かに存在していたはずです。ところが、世代交代が進む中で、現在の若手技術者は“なぜそうなっているのか”という根本の理解が抜け落ちていることがあります。図面は残っていても、設計の背後にある理屈や原理までは十分に書き残されておらず、結果として「資料がない=わからない=応用が利かない」という状況が、あちこちに見え隠れするように感じます。

技術があっても継続しなければ失われるということですね。 LHDの巨大な真空容器のカットモデルを拝見し、ステンレスの厚板を精密に溶接して、あの複雑ならせん形状をつくり上げていることに心から驚きました。まさに、職人の卓越した技術力があってこそ実現できた構造だと感じました。

仲村氏:これはあくまで私の個人的な考えですが、大型設備の開発や維持には、装置工学の視点で「式年遷宮」のような考え方が必要だと思っています。技術や設計思想を継承できる期限には限りがあり、それはおそらく30年に一度かもしれません。だからこそ、定期的に新しい技術を取り入れながら“つくり直す”ことを通じて、若い世代に技術を手渡していくことが大切だと感じています。

派手で注目されやすい技術には、世界中から資金も人材も集まりやすいものです。でも、溶接や加工などのいわゆる“ローテク”な領域では、人材の確保や継承がどんどん難しくなっているのが現実です。だからこそ、こうした基盤技術を次世代につなげる仕組みを、なんとか構築していただきたいと願っています。

でも、もしかしたら、さらに技術が進化して、全部が3Dプリンターでできるようになれば溶接も不要になるかもしれませんが(笑)

LHDのプラズマ真空容器の内部 画像提供:NIFS
製造業視点でみて、最先端の核融合研究から派生した技術、応用できる技術は多いでしょうか?

仲村氏:例えば材料関連であれば、高温耐久性の高い材料や、異種材料を接合する技術など、産業界でご活用いただける技術が多くあると思っています。

今NIFSでは産業界とつながって、そうした技術をどのように利用していただけるのかという模索を始めており、産学官連携部門を中心に技術マッチングの進め方を検討しています。

核融合技術と一言でいってしまうと、敷居が高く感じたり、自社とは関係ないと思われるケースがほとんどだと思います。今後は、定期的に説明会を開催するなど、わかりやすい形で私たちの「商品」である技術をご紹介し、具体的にお話を進めていければと考えています。

平野氏:私は前職で電力会社に勤務し、25年ほど超伝導の電力応用研究に携わってきました。その中でも特に取り組んでいたのが、超伝導電力貯蔵装置(Superconducting Magnetic Energy Storage以下 SMES )の開発です。SMESとは、超伝導コイルに電流を流し、電気抵抗ゼロの特性を活かして磁気エネルギーのかたちで電力を効率的に蓄えるシステムです。電流が減衰しないため、損失が少なく、充放電を繰り返しても劣化しにくいという優れた特徴があります。

当時は、直径1mほどのコイルを用いた10メガジュール規模の装置を開発し、社会実装まで進めました。ただし、その超伝導コイルは液体ヘリウムで冷却しており、特殊な冷却環境が必要だったことから、コスト面での課題がありました。

現在は、液体水素を冷媒とすることで冷却コストを抑え、より実用的なSMESを実現できるのではないかという期待があります。実際、SMESに用いる超伝導コイルは、核融合炉のように精密な磁場制御を必要としないため、技術的な要求は比較的低く、より簡易に製作可能です。

また、こうしたサイズのコイル製作技術は、将来的な核融合炉開発における技術継承にもつながると考えています。NIFSの実験棟の屋上には約900kW規模の太陽光発電設備があり、日射による出力変動が発生します。このような環境は、SMESによる電力貯蔵·放出の実証実験にも適しているため、研究連携の可能性としても非常に魅力的だと感じています。

ありがとうございます。では最後に今後産業界との連携を強めていくため、メッセージをお願いします。

仲村氏:NIFSに来て感じていることですが、LHDなど実際に見ていただいて、こんな装置があったのか、こんな技術があったのかと、驚かれる方が多いです。実際に目で見ていただくことで、新しい気づきや発想につながるのではないかと感じています。

NIFSの一般見学の申込みはホームページからできますので、ぜひ土岐まで足を運んでいただきたいです。

平野氏:あまり核融合という言葉を恐れ多いと感じていただくことはなくて、最先端の技術だけでなくローテクと言われるものと組み合わせて取り組んでいることも多いです。 核融合の社会実装を目指してはいますが、その途中の段階でスピンアウト的に社会実装できる技術をたくさん持っているので、まずはディスカッションできるような場を持たせていただければと思います。まず見学などを通して情報交換をさせていただければと考えております。

電子レンジを使ってプラズマの発生をわかりやすく解説してくださった平野氏と仲村氏。※家の電子レンジでは破裂する恐れがあるので絶対まねしないでください。
下町ロケットのロケにも使用された制御室。NIFS では、研究成果の社会への還元と理解促進のため、一般向けの見学受け入れを行っている。
日本におけるヘリカル装置 の軌跡を確認することができるNIFS 。
京都大学で基礎研究がなされていたヘリカル型プラズマ装置。

PEAKSMEDIA編集チーム

PEAKS MEDIAは、製造業イノベーションをテーマに松尾産業㈱が運営するWebメディアです。大変革の時代に悩みを抱えるイノベーターの改革を1歩後押しする情報、製造業をもっと面白くするヒントとなる技術や素材、イノベーションを推進するアイデア、取り組みを取材し発信しております。読者の皆様からのご意見や、取材情報の提供もお待ちしております。

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