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業界を救う勇者となれ!製造業DXの壁と乗り越え方|コンサルタント focit 林大介さん

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製造業DXを推進するために、経営層を動かすには何が必要なのか。

何を行えば、ビジネスモデルの変革や製品の価値向上といった「攻めのDX」に転じることができるのか。
打開策を模索中の企業内イノベーターは多いだろう。

今回は、企業内イノベーターがすぐに実践できる、持つべき視点、「打ち手」の見つけ方など
ネットワークエンジニア、営業、コンサルタントと立場を変えながら製造業に関わり続ける林大介さんに教えていただいた。

製造業とDX

社会の認知度も高まっており、多くの企業においても取り組みの必要性が浸透しつつあるDX。新型コロナウィルス感染症の流行が追い風となり、業務の効率化に取り組む企業が増加するなど、デジタル化への意識の変化は見え始めている。

しかし、帝国データバンクが行った「DX推進に関する企業の意識調査(2022年1月)」によると、「DXの言葉の意味を理解し取り組みを進めている」企業は、製造業ではあまり多いとはいえない現状もある。

また、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が公開した「DX白書2023」によると、DXに着手している企業であっても、「新規製品・サービスの創出」領域におけるDXの取り組み状況については、実施中の企業が3割未満と、顧客や社会への価値提供といった「攻めのDX」に転じられていないという。これらの背景には、システムの導入に消極的なことや、経営層のDXに対する理解が不十分であること、部門ごとに扱う製品が異なるため、どうしても部分最適になってしまいがちという製造業ならではの課題があるのではないだろうか。

プロフィール

株式会社focit 林大介さん

電機メーカーのエンジニア、通信システムインテグレーターのセールスを経てコンサルティングの道へ。製造業や通信業といった多数の企業のコンサルティングを手掛け、技術トレンドを背景にしたDX、新規事業創造、ワークスタイル変革、地方創生プロジェクトなどに注力。2023年に独立し、株式会社focitを設立。

製造業DX 1つ目の壁:ITとOTの文化の壁

DXという言葉がビジネストレンドとして一般化し、私自身もコンサルタントとして、多くの相談を受けてきました。製造DXには、業界特有の2つの壁があると考えています。

私が製造業の現場に初めてふれたのは、電機メーカーの通信部門でネットワークエンジニアとして働き始めた社会人第一期です。いわゆるIT黎明期で、通信周りのインテグレーション提供を担当していました。時に製鉄製造現場といった50℃、60℃にもなる特殊な環境に耐えられるネットワーク機器を選定するなど、業界ならではの苦労もあったのですが、製造現場で共通して難しさを感じたのが、ITとOTの文化の壁でした。

OT(Operational Technology)は、製造業の現場などで利用されている設備やシステムを動かすための制御・運用技術です。OTの対象には、バルブやベルトコンベアといった生産ラインや交通網など、停止してしまうと損害や影響が大きいものが含まれています。OT部門は、納期やノルマを守るといった安定稼働や、高い安全性の中での継続的な運用が強く求められるため、簡単にやり方を変えることはできません。OTの人はどちらかといえば農耕民族的で、これまでのやり方を確実に踏襲しながら、小さな改善を重ねて収穫量を増やす傾向があるといえるでしょう。

反対にITは、デジタルな情報に関する技術であり、人に対して快適さや利便性といった価値を与えることが重視されます。技術が日進月歩のITは、良いと思えば即採用で、昨日と今日で言っていることが違うなんてことは良くあり、状況に応じてどんどんやり方を変えていきます。いわば、定住地を持たない遊牧民族のようなスタイルです。

当然ながら、無理に融合させようとしてもうまくいきません。にもかかわらず、世の中の流れに急き立てられるように、IT導入を急ぐケースが非常に多くありました。すると、現場には「ITは信用できない」「何も良くならなかった」といったマイナスの印象だけが残ってしまった。どちらも現場を良くしたいと思っているのにすれ違い、大きな不信感が生まれてしまったんです。しかし、生産性の向上や人材不足の解消といった製造業が抱える課題を解決するためには、IT化は避けて通れません。

ITやDXを、課題改善のための手法のひとつとして捉えるのが大切

一方、自社の課題と真摯に向き合い、手法を問わず解決策を模索してきた企業は、自然とIT化やDXに着手できているのではないでしょうか。

例えば、総合FAメーカーのオムロンの事例をご紹介します。オムロンでは、生産性向上への改善取り組みを常に行っていましたが、何年も続けているうちに、やれることはやり尽くした状態だったそうです。また、設備からデータを取得しても、どのように活用すればいいかわからないといった課題を抱えていました。そこで、富士通とともに、製造設備のログデータとIoTを組み合わせた現場革新の共同実証を2014年より開始。生産軌跡の見える化を行い、超一流の技術者にしか見極められなかった生産全体の無駄が、レポートを見れば誰でも見つけられるようになったのです。その結果、レポートをもとにした改善活動で、1年で約30%の生産性改善を実現しました。(※1)

※1:https://www.omron.com/jp/ja/edge-link/news/94.html

オムロン自体、それまでITベンダーなどから提案されたシステムの情報の粒度や重みが、製造現場で必要なものとは異なることが多かったため、最初はIoTの効果に対しても半信半疑だったようです。しかし、抱えていた課題解決のためにフィットするものを模索する中で、IoT化という施策を取り入れたのです。このように、ITやDXをキーワードとして追いかけるのではなく、改善のための手法のひとつであると捉えてみるといいのかもしれません。

製造業DX 2つ目の壁:「それって儲かるの?」というPL脳

製造業が日本の高度経済成長を牽引した立役者であることも、DX推進の壁となっていると感じます。

国の経済が大きく発展しているときは、将来のビジネス環境を予測しやすく、拡大志向の経営が成り立ちます。しかし、市場が成熟し、急速な技術革新も相まって不確実性が高まる現代において、利益ばかりを追求してしまうと、じりじりと経営は悪化してしまいます。

ところが、強烈な成功体験があると、人はそのときのやり方に固執して、新しい手法や考え方を取り入れにくくなるのです。というのも、ご相談を受ける中でよく聞かれるのが、「で、それって儲かるの?」という言葉です。製造業では今なお、損益計算書(PL)を重視して喫緊の売上や利益の最大化だけを追い求める「PL脳」で思考している企業が少なくありません。

「攻め」のDXではPL脳を捨てるのが成功のカギに

DXを「攻め」と「守り」に分けて考えるとき、「年間3億円のコストを1億円に圧縮できるシステムを3億円で作った場合、1年半で回収できるからやりましょう」というのは、守りのDXにふさわしい「PL脳」の考え方です。

一方、製品やサービス、ビジネスモデルそのものの変革を目的とする「攻め」の成功は、「DX?それっていくら儲かるの?」が起点のPL脳を捨てられるかどうかがカギを握っています。大局的見地からビジネスを見て戦略を立案する「攻め」には失敗がつきものであり、ある程度のミスやコストは許容されるべきだからです。

サッカーでも、攻撃フェーズのパスが多少短かったり、長かったりしたからといって怒られることはまずないでしょう。攻めなければ得点できない以上、すべてのパスを正確に出すことよりも、キラーパスが出るまで攻め続けることのほうが重要だからです。

業界の未来を考えたコマツの挑戦

ここで、他業種ですが、建機大手コマツによる攻めのDXの例を紹介します。コマツは、建設・土木業界の技能者不足に対応するため、他に先駆けてビッグデータやICTを活用した対策を進めてきました。そのひとつが、建設現場において必要な工程をデジタル化し、施工の方法をリアルタイムで伝達する「スマートコンストラクション」という施策。斜面の整形作業である「法面整形」など、これまでベテランの熟練度に頼っていた作業を、ICTの建機に配信されるやり方に沿って行うことで、誰でも効率的に行うことができるというものです。

これまで人の手の繊細な技術によって成り立っていた処理ですから、現場から「動きがスムーズでない」とか「作業が荒い」といった不満が出ることは容易に予想できます。それでもコマツは、「人手不足が加速することが確実である以上、早めに手を打つべき」としてリスクをとる決断をしました。

結果、現場に配属されて数日の若い人材が見事に重機を操り、法面を仕上げられるようになりました。10年の修行が必要だった作業に、経験の浅い人材を配置できるようになったのです。

PLに左右されることなく、建設業の存続という大きな未来に向けたパスを出し続け、そのうちの1本が見事に通った好例だといえるでしょう。

製造業DXの課題を解決するには?

では、「文化の違い」「PL脳」といった課題を解決し、製造業DXを推進するにはどうすればいいのでしょうか。方法は大きく「経営層を動かすこと」と「業界で手を組むこと」の2つです。

伝わらないなら捨ててもいい!「DX」という言葉

企業のDXを推進する際、絶対に必要なのが人材とお金、システム系の権限です。なので、本来であれば、裁量権を持っている経営層がDX推進担当をするべき。とはいっても、裁量権を持たない社員がDX推進を担当しているというケースがほとんどでしょう。したがって、経営層がみずからDXに取り組みたくなる「刺さる言い方」で話をするのがポイントです。

具体的には、「DXでできるうれしいこと」を経営課題に紐付けてあげると良いでしょう。このとき、経営層がどうしてもDXという言葉に拒否反応があるようなら、この言葉は捨てても構いません。経営課題の解決策としてデジタルを使うけれど、DXとは言わない。「無駄な業務をカットできて、従業員が幸せに働けるようになる」など、経営層が自分事化しやすい言い方に置き換えてみてください。

業界全体でハッピーになれるかという発想が大事

自社の事業とDXを結びつけ、社会課題の解決に貢献することで「攻めのDX」に転じる企業が増えています。もちろん、とても有意義で魅力的な発想ですが、製造業の皆さんには、社会よりも先に自分たちの業界を見てほしいというのが私の本音です。

内需がそれなりに見え、将来的な人手不足も確実視される今、ライバルとして戦うよりも手を組むほうが業界の発展につながる可能性が高いでしょう。

以前、担当していた製造業のDXプロジェクトで「共有することで業界がより良くなるデータはありませんか?」と質問をしたとき、溶けたはんだを溶融状態で維持できる職人が非常に少なく、どの企業でも職人が休むと製品の不良率が一気に上がるという話を聞きました。

この職人の技術をデータ化して出し合い、AI化すれば、「仕方ないもの」として内在し続けていた業界の課題を解決することができます。

このように、同じものづくりに取り組む仲間として、融通し合うことでみんながハッピーになれるものは意外と多くあるのではないでしょうか。前出のコマツは、建設業を取り巻く課題をさまざまな業界のパートナーとともに解決するオープンなプラットフォーム「LANDLOG」を立ち上げ、業界全体の生産プロセスの向上を目指しています。

社内でできることは何かを考えるというよりも、より良くしていくための施策をいっしょに実現する仲間を増やすこともひとつの手。業界のために立ち上がり、「みんなでスクラムを組んでやろうぜ」という企業が出てくることで、日本の製造業の未来は大きく変わるのではないでしょうか。

勇者たる企業内イノベーターの最初の武器は「統計」

攻めのDXを目指す企業内イノベーターは、孤独な勇者のような存在だと僕は思っています。頼れる仲間もいないし、身に着けているのも布の服と棒切れ程度の装備だけ。ちょっと動けばモンスターに殴られて、それでも前に進まなくてはなりません。

そんな勇者たる皆さんが、最初から持つことができる有力な武器が「統計」です。DXを進める上で、すべてのベースになるのがデータですが、データを活かせるかどうかは統計にかかっているといっても過言ではありません。

データからわかるのは現在の状況であって、そこから打ち手を見つけるのは困難です。しかし、統計をもとに確率を計算し、明確な因果関係を見いだした時点で、データは大きな意味を持ちます。

経営陣と話をする際にも、起こりうるリスクを統計に裏打ちされたデータで説明し、回避できる方法を示すことで挑戦しやすい環境を作ることができるでしょう。書籍なりYouTubeなり、身近なツールで統計にふれて、ぜひ深く学んでください。 一歩ずつ歩みを進め、中ボスくらいの敵を少しずつ倒していけば、悩まされていた現場の皆さんは勇者の仲間になってくれるはず。統計を武器に確かな打ち手を示し、小さな成功例を積み上げながら旅を続けて、ぜひ最後には業界全体を救う最強の勇者になってほしいと思います。

PEAKSMEDIA編集チーム

PEAKS MEDIAは製造業の変革やオープンイノベーションを後押しする取材記事やお役立ち情報を発信するウェブサイトです。

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