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技術はある、顧客もいるのに、量産・市場化でつまずく理由
日本の製造業は、技術力で新しい市場を切り開いてきた。ところが市場が拡大する局面になると、性能や品質を追い続けるあまり、後発の安価な製品に競争力を奪われる場面が少なくない。技術はある、顧客もいるのに、なぜ量産と市場化でつまずくのか。この問いを起点に、PEAKS TALKS Vol.2は始まった。
会場は、川崎重工業が羽田イノベーションシティに構える共創拠点「CO-CREATION PARK – KAWARUBA」である。水素・カーボンニュートラルとソーシャルロボットを主なテーマに掲げ、1階には試作を試せるLABスペースを備える。モデレーターは、PEAKS MEDIA編集部の加藤祐麻と、川崎重工業の武井啓氏が務めた。

「1→10の壁」を扱ったVol.1に続き、Vol.2はその壁を越えた先で事業を存続させる技術に光を当てる。山下氏の講演は3幕構成で進んだ。第1幕は成功しやすいテーマの選び方、第2幕はキャズムを越える戦略、第3幕は市場を自ら生み出す方法。そして最後に、新規事業の発想法と開発プロセスを束ねるエピローグが置かれた。
「成功したのに撤退」を2度経験

山下氏は1982年に旭化成へ入社し、2023年の退職までの41年半、一貫して新規事業開発に携わってきた。手がけたのはMRI、リチウムイオン電池、電子コンパスの3事業。このうち前の2つは、事業として立ち上がりながらも撤退している。
MRIは、世界最大級の医療機器メーカーとの合弁で海外へ進出した。製品の技術評価は高かったが、政治的な背景から技術陣が撤退し、山下氏は働く目的を見失う。リチウムイオン電池では、初歩から学び直し、新しい発想の発明で事業の危機を救った。新工場の建設までこぎ着けたにもかかわらず、経営判断で事業売却となり、会社を辞めることさえ頭をよぎった。
「新規事業が撤退に至ると、そこに従事する会社員の知識やキャリアはリセットされる」2度の経験を、山下氏はそう受け止めた。そこで狙いを定めたのが、永く続く事業である。副作用と副産物という独自の発想で選んだ電子コンパスは、テーマ提案から3年で量産に到達し、7年で年間100億円を突破した。以来20年以上、世界シェア首位を守り続けている。
この経験から導いた結論が、講演の背骨になっている。新規事業の成否は、テーマを設定する段階の思考プロセスで結果の3割が決まり、事業化までの開発プロセスで更に3割が決まる。つまり、量産が始まる前に、勝負の6割は終わっている。それが山下氏の見立てだ。
大きなトレンドの「副作用」を3回たどる――テーマの選び方

テーマの選び方に、山下氏は明快な型を持つ。まず、10年先まで拡大が続く大きなトレンドを捉える。ただし、そのトレンドを直接狙うと競争が激しく、すでに手遅れになりやすい。そこで、トレンドが広がった社会で新たに生まれる問題、すなわち「副作用」を予想し、その解決から生まれる「副産物」の市場を狙う。この往復を3周ほど繰り返し、自社の資産が最も生きるアイデアへたどり着く。
電子コンパスも、この思考から生まれた。2000年当時、携帯電話の契約数は日本で6000万台を超え、人口の半分に迫っていた。普及が進むと、緊急通報の多くが携帯電話から発信されるようになり、発信場所を特定できないという副作用が浮かぶ。米国では2001年にEnhanced 911法が施行される。日本でも2006年の総務省令により、2007年4月以降に発売する第3世代携帯電話へのGPS搭載が義務づけられた。
ここで往復は続く。GPS関連部品の搭載はコスト増という次の問題を生み、その負担を回収する用途として歩行者ナビが立ち上がる。ところが歩行者は移動が遅く、GPSだけでは進行方向が分からない。向きを知る方位角センサーが要る。3周たどった先に、電子コンパスというテーマが姿を現した。「副作用が起きるほうが、実は成功の確率が高い。ライバルが減っているからです」と山下氏は説明する。
狙う市場規模にも目安がある。上限は約300億円、下限は約30億円。300億円を超えると新規参入が続いてレッドオーシャンになりやすく、30億円に満たないと事業を安定して続けにくい。目標は年100億円規模だが、そこに最初から固執すると発想が痩せてしまう。トレンドの本流ではなく、その脇に生まれる問題を拾う。この一歩ずらす視点が、競争の少ない土俵を用意する。
キャズムは“ど真ん中”で始まる――事業化前に描く2段階の戦略

新規事業は、事業化したあとに「キャズム」を越えなければ成功とは言えない。キャズムは、新しい製品が一部の先進的な利用者から広く一般へ普及する際に立ちはだかる、深い溝を指す。1962年に提唱されたイノベーター理論と、1991年のキャズム理論を、山下氏は統計の観点から読み解く。溝はアーリーアダプターとマジョリティの境ではなく、アーリーアダプター市場の途中から始まっているとみる。
この見立ては、開発の進め方を大きく変える。初期顧客の要望どおりに性能を上げ続けた製品は、マジョリティ市場では高価になりすぎ、あとから必要最小限の仕様で作られた安い製品に敗れる。しかも製造業は、いったん工場のラインを作ると容易には作り直せない。サービス業のように事業化後の修正を重ねるやり方が通じにくいぶん、事業化の前に検証を重ね、2段階の製品戦略を用意しておく必要がある。
だからこそ、製造業のMVPは「最も早く実行可能な最小限の仕様」ではなく「将来生き残れる最小限の仕様」だと山下氏は捉える。Viableを「将来生き残れる」と読み替え、スペックを意図的に抑え、余った技術力はコストダウンへ振り向ける。電子コンパスも、4つのチップを立体的に組んだ第1世代から1チップの平面構造へと世代交代し、2009年には体積を12分の1に縮めた。
この発想は、企業のなかで新規事業を興す立場と切り離せない。事業価値を高めて売却するスタートアップは、必ずしもキャズムを越える必要がない。一方、企業内の新規事業は累積の利益を積み上げることが目的であり、キャズムを越え、その先のレイトマジョリティまで生き残る戦略が欠かせない。スタートアップの成功例をなぞるだけでは、企業内の新規事業は育ちにくい。
スペックではなく「使い方」を売る――市場は自分で作る

電子コンパスの開発は、業界の常識を次々に外していった。目指したのは方位角センサーという部品ではなく、使い方まで含めた電子コンパスである。高感度ではなく低感度の磁気センサーを選び、正確さより情報を信じられる信頼性を価値と考え、数値のスペックではなく使いやすさを評価の目標に据えた。2軸のアナログ出力を3軸のデジタルインターフェイスに変え、ハードウェアとソフトウェアの役割分担も設計に組み込んだ。
象徴が、使用中の何気ない動きで誤差を自動補正する「DOE(Dynamic Offset Estimation)」アルゴリズムだ。他社は使う前の調整操作で精度を保ったが、旭化成は無意識の動作で調整が続く仕組みを作った。1チップ化を支えた磁気収束板も同じ発想で生まれている。残留磁化が測定を妨げるため微弱な地磁気は測れないと専門家は見ていたが、そのずれもソフトウェアで補正できると山下氏は判断した。DOEは、のちに電子コンパスの自動調整の世界標準になった。
開発の順番も逆にした。センサーからLSI、ソフトへと積み上げるのではなく、まず使い方を示すデモ機を作り、そこから仕様へ落とし込む。製品仕様を決める前に手作りのデモ機を用意し、技術開発を始める前に顧客を回った。ここでの目的は要望の聞き取りではなく、製品コンセプトが市場で受け入れられるかを確かめること。デモ機が1台あるだけの段階で重要顧客から事実上の発注を受け、事業化決定から10か月で量産出荷にこぎ着けた。
さらに山下氏は、最初の製品が量産される直前から、その製品を自ら葬る開発に着手している。独自のセンサーと立体組み立ての技術には限界があると、誰よりも早く見切ったからだ。目指したのは、シリコン基板の上で3軸を1チップに収めるモノリシック構造。自分が築いた技術を自分で乗り越えるこの一手が、のちのスマートフォン時代への備えになった。
市場そのものも、待つのではなく生み出した。「新しい市場は、探すものではなく、自分で産み出すものです」というのが山下氏の見立てだ。展示会では自社のスペックを並べず、電子コンパスが載れば暮らしがどう変わるかをデモで見せた。自社製品の優劣ではなく、電子コンパスという部品全体の価値を高める活動を、自ら先導したのである。

出典元:講演資料より
2005年に示した立体パノラマのデモは、当時のPDA(携帯小型端末)の画面に現在地の3次元風景を映し、端末の向きに合わせて視点が動いた。翌年には、画面の建物をクリックすると店舗情報へつながる提案も披露する。これらはGoogleが「ストリートビュー」を提供する2007年を先取りしていた。デモで示した体験が、翌年には実際のサービスとして立ち上がる。そんな循環が続いた。
この積み重ねが、大きな採用へ結実する。Googleの初代スマートフォンは発売直前まで極秘扱いで、電子部品メーカーの多くはGoogleが端末を作ることさえ知らなかった。それでも旭化成の電子コンパスが選ばれたのは、業界に向けた提案を早くから重ね、参照される存在になっていたからだ。2008年10月発売の初代機には、6軸電子コンパス「AK8976A」が搭載された。2008年には、通信事業者から半導体、ソフトまで47社が集うコンソーシアムも生まれている。ライバルもまた、市場を共に育てる仲間だった。
結果として、電子コンパスは18年間で体積を128分の1以下に縮め、コストを約40分の1に削減、生産量を500倍以上に伸ばした。最新品は0.76mm角まで小型化している。ソフトウェアのライセンス契約は約300件、累積の販売金額は約1500億円、累積の出荷は約70億個に達した。ハードウェアの問題をソフトウェアで解く新しいビジネスモデルが、20年を超える世界一を支えている。
オンラインQ&Aと会場ディスカッション

講演のあとは、参加者が問いを持ち寄る時間になった。オンラインの参加者は質問を送り、現地の参加者はグループに分かれて議論した。新規事業に携わる立場ならではの、具体的な問いが並ぶ。
技術者ではない立場でシーズ起点の事業に疑問を感じるという声には、二項対立から離れるよう促した。「シーズかニーズか」は、どちらかに決めるのではなく、両方の立場を何度も行き来して発想を重ねる。一方「理系か文系か」は、一段高い視座から全体を俯瞰することで解ける。どちらの人材が中心かは問題ではなく、両者がそろって初めて事業は動く。トップの協力をどう得るかも、同じく一段高い視座に立つ問いだといい、明確に反対してくれる人はむしろありがたく、「一番困るのは、無関心です」と応じた。

シーズ起点かニーズ起点か、どちらが良いかを競う時代ではない。これからは、技術が普及した後に生まれる問題、すなわちプロブレムを見つけ、その解決策を届けることが軸になる。山下氏はそう整理する。自部門の資産を超える事業にどう関わり続けるかについては、橋渡しで終わらせず「製造業だからこそ、ソフトウェアで特徴を示すような形を作る」と答えた。データセンターのような巨大市場については、市場が大きすぎるほど競争は激しくなるため、そこでも周辺に生まれる副作用を考えるよう勧めた。

現地のグループからも、率直な言葉が上がった。大きなトレンドを社会課題と読み替え、副作用と副産物をニッチな領域と捉えると、事業規模とのトレードオフが見えてくるとの発表があった。副作用から副産物へ3周たどる思考の難しさを挙げる声や、自社の資産を先に置いて考えてしまう癖への反省も共有された。「風が吹けば桶屋が儲かる」という研修の教えが、この考え方でようやく腑に落ちたとの声もあった。議論の全体像は、川崎重工業の原純哉氏によるグラフィックレコーディングとして一枚に描き出された。

新規事業の成功とは、既存事業になること
山下氏は最後に、新しい市場が「ブルーオーシャン」になる条件を3つ挙げた。参入に必要な技術が3つ以上の専門領域にまたがること、その組み合わせを持つ企業が限られること、そして専門家の常識を覆す意外性があること。電子コンパスは、磁気センサーの材料、LSIの回路設計、情報処理のソフトウェアの3領域を併せ持つ、世界で唯一の企業から生まれた。低感度センサー、3軸デジタル、ソフトによる自動補正。この3重の意外性が、模倣されにくい事業を築いた。
「新規事業の成功とは、既存事業になることです」
この一言が講演を締めくくった。事業化はゴールではなく、10年以上続き、累積で黒字を積み上げてこそ成功と呼べる。テーマを選ぶ最初の一歩から、その先の姿を描いておく。山下氏のメッセージは、その一点に貫かれていた。
PEAKS TALKSは、記事による発信にとどまらず、読者どうしが課題を持ち寄り、ヒントを持ち帰る場を目指している。Vol.1から続く「1→10の壁」というテーマは、Vol.2でより具体的な技術の話へと深まった。製造業をおもしろくするヒントは、画面の中だけでなく、こうしたリアルの場でも交わされている。

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前回レポート(Vol.1):https://www.peaks-media.com/18721/
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