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ダイナミック・ケイパビリティ理論とは何か事例や意味とあわせてわかりやすく紹介

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現代において、企業が保有する経営資源を有効活用することや、市場の環境変化をキャッチして自社へ取り入れる能力が求められています。この能力を、ダイナミック・ケイパビリティといいます。

M&Aによる合併や、市場の取り巻くめまぐるしい環境に対応できず破綻していく企業も多い中、全く別の業界へ参入し新しい技術を蓄えて成長している企業もいます。このような環境の中で、企業が生き延びていくためにはダイナミック・ケイパビリティにある経営理論を理解し、定着していかなくてはなりません。

この記事では、経済産業省の「ものづくり白書」でも取り上げられたダイナミック・ケイパビリティで提唱されている、企業が強い経営を継続的に行える要素について解説します。

ダイナミック・ケイパビリティとは?

ダイナミック・ケイパビリティとは、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール教授の、デイヴィッド・J・ティース氏によって提唱された経営概念です。ビジネス環境の急速な流れを認識して、その環境に合わせて企業の経営資源を早期に再構築・再編成できるような経営能力を意味します。

また、ダイナミック・ケイパビリティは、「競争戦略論」と「資源ベース論」の2つの理論から構成されています。

競争戦略論とは、企業が属する市場の分析や、自社の最適なポジションを発見することを実現するための理論です。

資源ベース論とは、同じ業界の企業それぞれの競争力の違いは、所有している経営資源の異質な部分によって生まれるという理論です。

ダイナミック・ケイパビリティはこれら2つの理論から構成され、経営を成功させるためには以下のような能力が必要であるとされています。

  • ビジネスにおける脅威やチャンスを感知する能力
  • ビジネス機会を捉え、既存の資産や知識を応用する能力
  • 競争力を持続させるために既存の組織を再編成して変容させる能力

ダイナミック・ケイパビリティでは、激しく変化するビジネスシーンをいち早く認識し、既存の経営資源をすばやく再構築・再編成することが求められています。

理論の中核をなす3つの要素

ダイナミック・ケイパビリティは、以下にあげる3つの要素に分類されます。

  • Sensing(感知)
  • Seizing(捕捉)
  • Transforming(変革)

それぞれの要素についてしっかりと理解することで、戦略的な経営を行えるようになります。

Sensing(感知)

Sensing(感知)とは、ビジネスにおける危機や脅威、チャンスを感知する能力を指します。具体的には、競合他社の動きや同業界の変化など、自社を取りまく環境の変化を感知する能力を意味します。

デジタル技術を活用し、顧客情報のデータ収集や行動分析をすることで、短期・中長期的に存在する自社の脅威やチャンスを把握することに役立てられます。

例えば、飲食店を直営で複数店鋪を運営するケースで、データを元にした分析技術である「機械学習」を取り入れることにより、飲食店経営におけるさまざまなデータを分析できるようになります。

また、企業がSensing(感知)の能力を高めるうえで大切なのは不足要素の把握です。要素を把握する手順としては、以下のようになります。

  1. 顧客情報のデータ収集と分析
  2. 同業他社の動向や変化を把握
  3. 外的要因の変化を意識した戦略を立てる

Sensingの能力を高めるうえで大切な要素は、顧客情報のデータ収集・分析と、競合他社の動向の把握のため、複数要素が足りてない際は優先順位を高く見積もるとよいでしょう。

Seizing(捕捉)

Seizingとは、ビジネスチャンスをしっかり捉え、保有する資産・技術・知識を応用し再利用する能力を指します。ポーターの「競争戦略論」と近い要素となり、外的要因の変化を感知する能力が必要とされています。

既存の「ヒト、モノ、カネ」をいかに動かすのかが重要で、勘や度胸ではなくデータに基づいた柔軟な対応が求められます。

例えば、競合他社がインサイドセールス部門を立ち上げている企業が増えている中、すでにいる社員をアサインして自社も導入へと対応するなどの組織の再構築です。

外的要因をしっかり捉え、保有する資産や知識を応用して再利用することで、環境の変化に対応することが可能となります。

Transforming(変革)

Transformingとは、社内に存在するさまざまな資産を再構築・再構成する能力を指します。Transformingでは、既存組織の組み替えや、資産を有効活用できるように社内ルールを全面的に再編成するなどして、それまでの特有の企業体質を刷新することが重要とされています。

例えば、古くからある老舗の家具メーカーが、外資系のメーカーの台頭により売上が年々落ち込んでいる状況から、経営陣を一掃しブランド名から店舗デザイン、さらには社内ルールまでも一新して心機一転、外資系メーカーへ対抗するように対応するなどです。

同じ商品・同じスタイルで経営を行っていては、めまぐるしい時代の変化や同業他社の環境変化についていけなくなり、最悪は破綻となってしまいます。そうならないためにも、脅威やビジネスチャンスをSensingし、外的要因をSeizingした上で、必要なタイミングでTransformingすることが経営にとって重要なファクターとなります。

ダイナミック・ケイパビリティ活用事例

ダイナミック・ケイパビリティを活用することで、経営の危機から救われた企業も複数あります。こちらでは、以下にあげるダイナミック・ケイパビリティを活用した成功例を紹介いたします。

  • ソニー
  • IKEA
  • ユニクロ
  • 富士フイルム
  • 神戸製鋼

それぞれ共通して言える成功の要因は、競合他社が実施していない施策をいかにして講じられるか、また市場において主力商品のニーズがなくなっても保有する資産や技術を応用し、別の事業へ参入する決断力と行動力があるかどうかです。

ソニー

ゲーム業界へ参入した、ソニーの成功事例をご紹介します。

1980年代、日本企業におけるゲーム業界では、任天堂が長きに渡って主導権を握っていました。NECやセガなどか高性能のゲーム機による差別化戦略で参入するも、任天堂にはかないませんでした。

その後の1994年頃からソニーがプレイステーションで参入を始めます。一方セガは、セガサターンで高性能化による差別化戦略で対抗し、任天堂を含めた業界3社が均衡する状況へと変化しました。

そして1998年の業界シェアは、ソニーが60%と1人勝ちの結果となりました。

また、ソニーは主に以下のような戦略によってゲーム業界への参入を成功させました。

  • ライブラリ公開でソフト開発会社の参入コストを低減
  • 生産コストの安いCD-ROMの採用
  • CD販売のノウハウによる仕入れ販売方式+業界の常識以上の販売店マージンを設定

ソニーは、自社のみでゲーム業界へ参入するのではなく、ソフトウェアメーカーや販売店なども取り込んだ「エコシステム」を構築し、すべての株主が利益を得られる仕組みを構築しました。自社の経営資源だけでなく、他社の経営資源をも生かした正にダイナミック・ケイパビリティの成功事例です。

これに対し任天堂は、エコシステムのプレイヤーを固定しすぎてしまったことが敗因でした。

IKEA

世界最大の家具販売会社であるIKEAの事例を紹介いたします。

設立当初のIKEAは、そもそも家具の販売を行っていませんでしたが、ある時家具を販売したところ評判が良かったため、それを機に販売商品を家具の販売に特化することにしたのです。これも正にダイナミック・ケイパビリティの能力の一つだと言えます。

しかし、その後は競合他社との価格競争に苦戦するのですが、創業者のカンプラードは、いかにして商品の質を落とさずに価格を下げられるのかを考えました。その結果、家具を組み立てる前の状態で販売することで、価格を下げるという販売手法を考案しました。やがて、顧客が購入後に自宅で家具を組み立てるスタイルが定着し、世界でも最大級の家具メーカーとなったのです。

IKEAの主な施策は以下の通りです。

  • 販売する商品を家具だけに絞った
  • 商品の価格を下げるため組み立ての工程(人件費)を削減
  • 家具をパーツの状態での販売による輸送費の削減
  • 商品の完全自社生産の導入
  • 注文された商品は顧客が自ら取りに行くスタイル

カンプラードは、状況の変化に対応することの重要さを、社員全員へ行き渡らせることに注力していました。変化し続ける力を持ったIKEAは、ダイナミック・ケイパビリティの能力を兼ね備えた強い企業といっても良いでしょう。

ユニクロ

日本を代表するアパレルブランドであるユニクロは、カジュアルなデザインと低価格戦略で成功をした企業です。

またユニクロは、以下の施策で成功しました。

  • 製造小売であること
  • 中国の工場を活用した
  • カジュアル・ベーシックに絞り込んだ
  • 低価格戦略の徹底
  • 東レとの技術提携によって高機能素材を開発
  • ビックカメラとのコラボで企業外資源を活用

その中でも、カジュアルでシンプルなデザインかつ、低価格の戦略を徹底したことが成功の要因でした。また、残った在庫はセール品として完売する施策を講じ、ムダのない販売を実現しました。

富士フイルム

写真フイルムの生産販売で、長きにわたって売上を獲得してきた世界的な企業富士フイルムは、ダイナミック・ケイパビリティ戦略で本業を捨て、蓄積された技術を活かして全く別の業界で成果をあげています。

当時の競合他社であったコダックは、世界で初めてデジタルカメラに利用されているコア技術を発明した会社でした。しかし、皮肉なことにデジタルカメラの普及により倒産にいたりました。

この両社の明暗が分かれた要因は、自社の保有している資源や技術を有効利用できたかによります。コダックは、市場の変化に早い時期から脅威を感じていたのにも関わらず、株主価値や利益の最大化を優先してしまったのです。それにより、保有していた高度な技術や知識を、再構成・再利用するという考えにはいたらなかったことが倒産の要因でした。

それに対し富士フイルムは、写真フイルム技術を利用して、現在さまざまな業界へ新規参入を果たしています。

  • 液晶を保護するための特殊な保護フイルムの開発
  • 写真フイルムの乾燥を抑えるために利用していた技術を活用して化粧品業界へ進出
  • エボラ出血熱の特効薬となるかもしれない医薬品の開発

両社の命運を分けたのは、技術力や資金力ではなく、ダイナミック・ケイパビリティを活用した戦略的な経営が可能であったかによるものです。

神戸製鋼

製鉄業大手の神戸製鋼は、2000年以前から中国の製鉄企業におされ、生産過剰状態に陥っていました。

ところが2000年に、電気事業法が改正されたことにより、電気の小売りが自由化されました。これをいち早く感知し、そこに利益を得るチャンスを捕捉したのです。神戸製鋼は、以前から転炉や航路から発生するガスを活用し、自社内で自家発電を行っていたため、このノウハウを活用して発電事業に参入しました。つまり、保有している技術や資産を再構成して、石炭火力発電所を神戸市へ建設し、電力の卸売りを始めました。

さらに、東日本大震災後にこの電力事業を拡大し、栃木県にも本格的な火力発電所を建設したのです。まさに、ダイナミック・ケイパビリティのもとに、既存の資源や技術を再構成して変容している企業だと言っても過言ではありません。

ダイナミック・ケイパビリティを自社で実現するためには

ダイナミック・ケイパビリティを自社で実現するためには、どうすれば良いのでしょうか。そのために必要な要素は、Sensing(感知)、Seizing(捕捉)、Transforming(変容)であると前述しました。またさらに、この3の要素を増幅させるためには、デジタル技術の導入が必要とされています。

例えば、自社の資源や技術を応用して再利用するにあたって、データ収集や情報分析を行うITツールを活用することで能力が高まるでしょう。

顧客データを収集して分析して商品の開発や製造へ役立て、顧客のニーズを捉えて自社の資産や技術を再構成して、商品を新たに創造するチャンスを作り出すのです。

【デジタル化により強化が期待できるもの】

  • データの収集・分析 
  • AIによる予知・予測
  • シミュレーションや3D設計による製品開発の高速化
  • 柔軟な工程の変更

したがって、ダイナミック・ケイパビリティを自社で実現するために必要な3要素と、その強化のためにはDXが必要なため、自社が使用するデジタル技術を常に見直し、改善していくことが必要です。

中小企業にこそ活用のチャンスがある

大企業に比べて、経営資源が少ない中小企業の方が、大きな変動リスクが潜在していると言えます。そのことから、中小企業の方が職務権限を柔軟に変更できる「柔軟な組織」とすることによって、高いダイナミック・ケイパビリティを確率しようとする傾向にあると考えられます。

またティース氏は、経営者には保有する資産を再編成できるリーダーシップが重要であると、ダイナミック・ケイパビリティで論じています。2019年12月の経済産業ものづくり白書によると、中小企業に多いオーナー企業は、経営者がリーダーシップを発揮しやすいため、迅速な意思決定ができる優位性があるという調査結果があります。

しかし、大企業に比べて人材や金融などの資産が少ない中小企業は、経営破綻という最悪のケースに陥ってしまいかねません。したがって、Sensing(感知)によってしっかりとした分析を行い、チャンスを見極めた上で行動する必要があります。

対をなすオーディナリー・ケイパビリティとは?

デイヴィッド・J・ティースによると、ケイパビリティには、ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)と対となるオーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)があります。

オーディナリー・ケイパビリティとは、既存の経営資源を効率的に利用して、利益を最大化しようとする能力を指します。

ティース氏いわく、企業はオーディナリー・ケイパビリティだけでは、競争力を維持できないと言っています。なぜなら、製造業において、高い製造力を維持していても、市場環境の想定外の変化によって一瞬にして競争力を失う、つまり市場のニーズから外れてしまうことがあるからです。

そこで、環境や状況の変化に応じて、企業内外の資源を再構成して、自己を変革するダイナミック・ケイパビリティを高めることが必要となるとティース氏は言っています。

決してオーディナリー・ケイパビリティが不要というわけではく、市場環境の変化に適合しているかどうかを常に感知しつづけ、適合していないという判断となれば、マッチするように企業を変容することが重要であるとしています。その変容に成功することで、企業は新たに構成されたオーディナリー・ケイパビリティの元、再び効率的な活動を追求することができるようになるのです。

さらに詳しく知りたい方におすすめの本・書籍

ダイナミック・ケイパビリティについて、更に詳しく知りたい方におすすめの書籍は、「ダイナミック・ケイパビリティの企業理論(D.J.ティース著)」です。

この書籍を読むことで、以下に関して理解が深まります。

  • 企業経済学におけるダイナミック・ケイパビリティとオーディナリー・ケイパビリティ
  • ダイナミック・ケイパビリティの解明
  • 機会,脅威の感知および形成
  • 機会の捕捉
  • 脅威と再配置のマネジメント
  • ダイナミック・ケイパビリティ論の応用
  • 現代の多国籍企業論 
  • 素朴な取引コスト・ベースの多国籍企業論の欠点 
  • 多国籍企業のケイパビリティ理論に向けて 
  • ケイパビリティと多国籍企業の業績 
  • 伝統的な多国籍企業論とケイパビリティ・アプローチの比較 
  • 国際ビジネスと国際(戦略)経営

こちらの書籍では、ダイナミック・ケイパビリティの基本的な考え方をわかりやすく解説しています。また、ダイナミック・ケイパビリティの応用に関しても詳しく紹介されています。

なお、経済産業省もこちらの本を参考にして資料を作成しているので、機会がありましたら一読されてみてはいかがでしょうか。

まとめ 

ダイナミック・ケイパビリティは、企業が衰退しないための画期的な経営理論です。目先の利益にとらわれず、業績が良い時期ほど、悪くなった時の準備をしておくことが重要です。ダイナミック・ケイパビリティは、外部の競合や市場の環境に対して電波をはり、変化を敏感にキャッチしながら自社の保有する資産や技術、知識を再構築しれ変化できる企業が、強く生き残っていける企業なのです。

この記事をきっかけとして、ダイナミック・ケイパビリティを理解し、自社に取り入れることで強い企業づくりの一助となれたら幸いです。

PEAKSMEDIA編集チーム

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