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勝つための技術から、社会のための技術へ──R1開発、原価革新、インドEV、そして技術外販── “越境するイントレプレナー”の思考

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スーパースポーツモデル「YZF-R1」の開発に20年以上携わり、サーキットNo.1をめざす開発の最前線に立った。その後、原価革新、先行開発、インドEV開発へ──。異なる領域を越境しながら、技術と事業の両方に向き合ってきたエンジニアがいる。ヤマハモーターエンジニアリング代表取締役社長 藤原英樹氏だ。

コンマ1秒を削るための技術競争の世界から、「技術を社会にどう生かすか」へ。藤原氏のキャリアをたどると、「技術とは何のためにあるのか」というシンプルで深い問いに行き着く。その問いを胸に、藤原氏は今どこへ向かい、何を成し遂げようとしているのか。その思考を探りたい。

プロフィール

ヤマハモーターエンジニアリング株式会社 代表取締役社長 藤原英樹

ヤマハ発動機でエンジン設計エンジニアとしてキャリアをスタートし、高性能モーターサイクル「YZF-R1」の開発に長年携わる。原価革新、先行開発、インドEV開発などを経験し、技術と事業性を両立する開発を推進。現在はモビリティ技術の外部展開による新たな価値創造に取り組む。

「越境エンジニア」とヤマハモーターエンジニアリング

「藤原さん、ちょっと見てください」
エンジニアたちは気軽に声をかけ、試作機やアイデアを持ち寄る。

「私がアイデアを出すと、あっという間に検討してくれて、気づいたら、もう形になっている。もちろん、思った通りに動かないこともありますよ。でも、なんで動かないのかを突き止めるのが、また面白いんですよね」

熱心に試作機を手にするエンジニアに問いを投げかけるのは、2025年3月、ヤマハモーターエンジニアリング株式会社(以下、YEC)代表取締役社長に就任した藤原 英樹氏だ。ヤマハ発動機で開発、量産、原価革新、先行開発、インドR&Dの責任者など、現場で手を動かす設計者でありながら、原価や事業、組織まで横断して意思決定してきたリーダーでもある。

ヤマハ発動機のフラッグシップモデル「YZF-R1」。その開発に20年以上関わり、エンジン設計からプロジェクトリーダーまで担ってきた。軽量化と高出力を両立するエンジン設計や、200馬力級のマシンを誰もが扱える性能へと引き上げる電子制御の導入など、従来の常識を覆す開発を現場で主導してきた。「より軽く、より速く」という性能の追求だけでなく、「誰もが安心して楽しめる」という価値まで含めて設計する。その姿勢の根底にあるのは、純粋な“乗り物好き”としての感覚だ。

「200馬力のマシンを全開にできる人はそういません。でも、マシンを信じて開けられるようになると、そりゃあ楽しいですよ。水面に投げた石が跳ねた回数を競う、水切りっていう遊びがありますよね。あの石のようにパンパンパンと、フロントタイヤがリフトと接地を繰り返してぐんぐん走っていくんです」

世界最高峰の性能を追い求めながらも、その楽しさをどうすれば多くの人に届けられるかを考え続けてきた藤原氏が、いま目指しているのが「社会のために技術を使うものづくり」だという。

「YECはヤマハ発動機の子会社ですが、単なる下請けではありません。ヤマハ発動機の技術の一翼としてグループの外側にも踏み出し、そこで得た技術をグループに還元していくという役割を担ってきました。防災・消防関連を中心とした特殊車両をはじめ、生み出してきた商材の数々はまさに社会のためのものづくりです」


YECは1980年の創立以来、ヤマハ発動機の技術の一翼を担いながら、グループの外にも踏み出し、そこで得た知見を再び還元する――いわば“内と外をつなぐエンジニアリング集団”として歩んできた。本体の量産開発が逼迫する中で「明日の技術の種」を生み出す役割を担うべく誕生した同社は、消防用電動ホースレイヤーやトンネル点検車両といった分野で外販も手がけてきた。

しかし、その歩みは必ずしも一直線ではない。量産開発への関与が強まり、本来目指していた先行開発機能との間で揺れ動く時期もあった。外販強化へ舵を切る局面もありながら、ヤマハ発動機への貢献と自立性のバランスは、経営体制の変化とともに模索が続いてきた。現在も売上の約9割を本体に依存する構造は変わらず、外部に向けた事業は発展途上にある。

エンジニアたちの技術力と行動力に感嘆する一方で、藤原氏は「社会に貢献できる高い技術はあるが、ビジネスへの展開は得意ではない」とも感じている。企業である以上、社会貢献とマネタイズは両立しなければならない。舵を握る藤原氏が最も強く掲げているテーマが「自分たちの足で立つ」ことだ。

「ヤマハ発動機の開発を支えることはYECの大切な役割です。ただ同時に、YEC自身のケイパビリティで価値を生み出し続けられる会社にしていかなければなりません。今こそ、自社商材と技術外販に本腰を入れ、将来にわたって利益を出し続けられる部門として存在を確立するべきだと考えました。その覚悟を見せるべく、今期からは私自身が事業企画推進部を管掌しています」

YECには、ヤマハ発動機グループの開発を支えてきた確かな技術力がある。エンジン、電子制御、モビリティ設計──長年の開発で培われた要素技術は幅広く、異なる分野の技術を組み合わせて新しいモビリティを生み出すことも得意としてきた。その強みを、グループの外にも広げていこうとする取り組みが技術外販だ。

ヤマハモーターエンジニアリング株式会社 藤原 社長
YECが消防防災現場の「声」に応えて企画・開発された次世代型電動アシストホースカー「X-QUICKER」。消防ポンプ車が入り込めない狭い道などにもハンドルを引くだけの直感的な操作が可能。
警察用バイクXJ900P。高い耐久性と安定性を備え、主にグローバルで白バイとして交通取締や先導任務に用いられている。
災害現場での初動対応を支える機動力の高い消防用バイク。ヤマハモーターエンジニアリングはこうした社会課題に応える車両開発を担ってきた。

百聞は一見にしかず――引き合いを生む技術力とデモ

背景にあるのは、「技術はあるが、価値として届けきれていない」という課題認識だ。

2021年頃から本格化し、コンセプトモデル「BiBeey」や「Natchey」の開発・展示を起点に、モビリティ試作などの領域で外部企業との接点を広げてきた。個別案件では収益を確保しつつも、部門全体としてはなお成長途上にある。そこで現在は、多軸制御技術などを活用したデモ機の開発に注力し、技術を“見える・魅せる形”にすることで提案力そのものを高めようとしている。グループに依存する存在から、自ら価値を生み出し外に届ける存在へ。創業時に掲げた“明日の武器をつくる集団”という原点に立ち返りながら、YECは今、新たな自立のフェーズへと踏み出している。

藤原氏自身が事業に深く関わり始めたことで、現場にも変化が生まれている。

要素技術はカタログや口頭では伝わりにくいため、デモ機を制作して動きを”見せる・魅せる”ことで見る人の想像力に訴える手法を採用した。展示会などでデモ機を見た来場者からは、「キャタピラの部分だけほしい」「この動きができるなら、こういうこともできないか」といった具体的な引き合いが生まれている。技術を“説明するもの”から“対話を生むもの”へと変えることで反響が広がっているという。

「名だたる大企業様からも声をかけていただいています。お声がけの多くは『こんなものを作ってくれないか』というかたちで、そこに我々が応えるというものです」

事業企画推進部のメンバーは、自分たちに求められている役割の大きさを実感し、動きが加速した。自社商材チームは既存技術の転用先を探り、技術外販チームは展示会や外部パートナーを通じて新規顧客を開拓している。直近では、精密な8軸制御技術を応用した医療・精密機器や、延べ300kmに及ぶ水路を点検する水路点検用自動運転車両など、社会インフラを支えるモビリティの実装にもつながっている。

「社内でエンジニアに会うと、うれしそうにアイデアを披露してくれるんです。シミュレーション結果をアニメーションで見せてくれる人がいたり、19世紀に作られていた自転車の改造をしています!と報告にくる人がいたり。飛行機ができました!って機体を見せられたのには驚きましたね(笑)。持てる技術をすべて投じて、楽しそうにトライ&エラーを繰り返すメンバーを見ていると、YECはやっぱりエンジニアリングの会社なんだなと実感します」

試作機の組み立てに取り組むYECエンジニア。現場での試行錯誤が、新たな技術を生み出していく。
EV/2WD (多軸制御車) 「BiBeey」:複数モータを連動制御する「多軸制御技術」を搭載した電動モビリティ。技術の価値を分かりやすく伝える“魅せる化”の一環として開発され、誰でも扱える新しいオフロード体験を提案する。
簡易自動運転ユニット:不整地でも自律走行が可能な小型クローラーモビリティ。現場での搬送や作業支援を想定した、自動運転技術の試作開発事例。
8軸制御コンセプトモビリティ「Natchey」:複数のモータと操舵を連動させる8軸制御技術を活用した搬送ロボット。自在な移動を実現する次世代モビリティのコンセプトモデル。

インド駐在経験で培った「自律駆動型マネジメント」

エンジニアたちが自ら手を動かし、技術の具現化に没頭する。その姿から、YECの組織が自走し始めていることがうかがえる。就任から間もなく社員の信頼を得て、同じ目的のもとに動く組織を築けたのはなぜか。

その答えは、5年間のインド駐在経験にある。2020年、藤原氏は海外駐在の希望を叶え、インド現地法人Y.M.R.I.(Yamaha Motor Research & Development India)に赴任。Managing Directorとして経営と向き合う中で、「2025年末EV2機種同時リリース」という目標を掲げた。R1の開発以来となる量産プロジェクトにおいて、EV開発の指揮を執ることとなる。開発期間はなんと通常の半分以下しかなかった。前例のないプロジェクトに、現場からは消極的な声が上がった。”実現できるはずがない”という空気が支配的だったという。

「これまでの常識で考えるなら、当然の反応ですよね。だから、あえて言いました。できない理由を並べるのはやめよう。どうすればできるのかを一緒に考えよう、と」まず目標を明確に示し、課題が出てくれば一つずつ潰していく。従来の延長線でスケジュールを引き直すのではなく、「2025年末に立ち上げる」というゴールを据えることで、チームの思考そのものを切り替えていった。そのプロセスを繰り返すうちに、チームの空気が変わっていったという。「最初は半信半疑なんです(笑)。でもやっていくうちに、“これ、いけるかもしれない。もう、やるしかない”に変わってくるんですよ」

藤原氏が見据えていたのは、単なる納期の達成ではない。

「こういうチャレンジをやり切った経験は、必ず残るんです。その経験を持った人間は、次もチャレンジできるようになる。“最後は何とかなる。何とかしてくれる人がいる”そうやって、自分たちの取り組みと仲間を信じられるようになるんです。“チャレンジしろ”と言っても人は動きません。経営側が目標を示して、経営側が本気で支える。その覚悟が大事なんだと思います」

結果として、EV2機種は予定どおり2025年末、開発を完了した。

EV設計と並行して進めていた組織の再設計の経験も、現在のマネジメントの基盤となっている。グループ最下位に沈んでいた従業員エンゲージメント(会社の理念やビジョンに共感し、自発的に貢献しようとする愛着や思い入れ)の数値を引き上げるため、「グループインタビュー」を実施した。5~6人ずつの少人数グループをつくり、全社員を対象に順番に対話の時間を設ける。評価や査定とは切り離し、「何を言ってもいい場」にすることがポイントだったという。初年度は、どの社員も社長に伝えたいことを紙に書き連ねて参加し、口々に要望を述べた。R&Dの敷地内に食堂をつくってほしい、自販機があるとうれしい、トイレを改装してもらえないか――。一見すると些細にも思える声だったが、藤原氏はそれらを軽視しなかった。

「小さなことでも、言ったことが形になるかどうかで、会社への信頼は大きく変わると思ったんです」

すべての要望をその場でメモに取り、やるべきと判断したものはすぐに手をつける。対応できないものについても理由を説明する。“聞くだけで終わらせない”ことを徹底した。すると、エンゲージメントは右肩上がりに上昇。3年目になると、何も要望がありません、という社員が現れた。「こんなふうに社長と話をしたことはなかったし、本当に実現してくれるとは思わなかった、と言われました。信じてもらえるようになったんだと思います」

藤原氏はこの変化を、「要望がなくなった」のではなく、「信頼関係ができた状態」だと捉えている。

この経験を活かして、YECでも「社長になんでも言っちゃう会」を開催している。面談でもヒアリングでもなく、5~6人の社員と社長室で他愛ない話をするだけの時間だ。あえて議題は設けない。仕事の話に限らず、趣味やプライベートの話でも構わない。「藤原さんと音楽の話をしたい」と訴える社員がいれば、「コペンの話がしたい」と2人乗りスポーツカーについて語り出す社員もいる。「役職の垣根をとっぱらって、人と人として話をすることを大事にしています。そうすると、“これも言ってよさそうだ”“言ったらやってくれそうだ”と感じてもらえるようになる」

参加者は1年間で424人にのぼった。

そうして生まれた心理的な距離の近さが、現場からの率直な意見や、新しい発想を引き出していく。

「自由に意見を言える状態をつくることが、結果的にチャレンジにつながるんだと思います」

キャプション:インド現地法人Y.M.R.I.の駐在時の様子。

技術と事業の両輪が最高の一台を生み出す

現場との距離を縮め、信頼を積み重ねることで人を動かす。藤原流のマネジメントのあり方だ。もっとも、これは簡単なようでいて難しい。目標を掲げるだけでも、対話の場を設けるだけでも、人の心は動かない。では、なぜ藤原氏にはそれができるのか。その背景には、現場を徹底的に理解していること、そして多様な経験を積み重ねてきたことがある。

藤原氏のキャリアをたどると、技術と事業の両方を理解し、行き来してきた人物であることが見えてくる。

その原点をたどると、エンジニアとしての前提を大きく揺さぶられた経験に行き着く。R1の開発の場では、「より軽く、より速く」という一点に向かって技術を積み上げていく。目標はサーキットNo.1。フラッグシップモデルとして、負けることは許されない。勝つことがすべてだった。それが設計者としての当たり前だった。しかし、大きな転換点が訪れる。リーマンショックで開発が止まり、率いていたグループごと原価革新部への異動が決まったのだ。そこで直面したのは、まったく別の問いだった。当初は1カ月の予定だったが、藤原氏は部下だけを元の部署に戻し、自ら原価革新部に残ることを申し出る。

「サプライヤーの皆さんにコストダウンの協力をお願いする前に、まず自分たちの設計を見直すべきだと思ったんです」

原価革新で求められたのは、単なるコストダウンではなかった。部品や工程を一つひとつ分解し、「本当に必要なのか」を問い直すことだった。藤原氏は図面と向き合い続ける。この工程は必要なのか。なぜこの精度が求められるのか。速さを極めるためではなく、「何がコストか」を見極めるために図面を見る。その視点の変化によって、要求精度や工程の一つひとつがコストとして積み上がっていることが見えてきた。そんなとき、ある役員が言った。

「藤原、その部品がなければ、コストダウンの必要も無いんだぞ」

設計者は通常、構造を考え、そこに必要な部品を組み合わせていく。しかしその言葉は、“そもそもその部品は必要なのか”という根本的な問いだった。

「設計者としての根幹を揺さぶる問いでした。前例にとらわれて、部品ありきで考えていたんじゃないか?自分なりの設計思想で、信念をもって設計してきたか?と、設計思想そのものを問われた気がしました」

この経験を境に、藤原氏の思考は大きく変わる。「何を足せば性能が上がるか」から、「削ぎ落としても価値を維持できるか」へ。部品単体ではなく、全体として成立しているかで判断する。技術だけでなく、コストや量産性まで含めて最適かどうかを考えるようになった。エンジン中心だった視点は、モーターサイクル全体へと広がった。真に新しい価値は、これまでの知識や成功法則を意図的に手放さなければ生まれない。設計の出発点そのものが変わった瞬間だった。この期間を通じて、技術的な美しさを追求するエンジニアの視点に、会社の持続的な成長につながる戦略的な視点が加わったといえるだろう。

この経験は、プロジェクトリーダーとしてR1開発に復帰した後も、藤原氏の考え方の軸となった。「原価は私が見て、プロジェクトチーフには性能の追求に集中してもらう。そういう体制を整えました」技術と事業を切り分けず、全体で最適化する。その思想のもとで生まれたモデルは、10年以上にわたり第一線で活躍し続けている。

当時のサーキット最速を目標に開発された現行モデルのYZF-R1。デビューイヤーから鈴鹿8耐を4連覇(2015~2018年)。2015年はEWC、SSTの両クラスでダブル優勝を飾った。全日本ロードレース選手権でも2年連続(2015~2016年)でタイトルを獲得し、さらに2018年から8年連続でタイトルを獲得、世界スーパーバイク選手権でも2021年にタイトルを獲得した。

市場での勝利ではなく、社会への貢献こそが技術の価値

先行開発の現場では、さらに視野を広げていく。エンジンと電子制御という異なる技術領域を横断し、全体最適で製品を考える役割を担うようになると、「技術は単体では価値にならない」という実感が深まっていった。

当時、エンジンと電子制御はまったく異なるロジックで成り立つ技術であり、それぞれの担当者が強い責任感と誇りを持って開発に取り組んでいた。その結果、情報や判断が部署ごとに閉じ、開発が部分最適に陥りやすい側面もあったという。しかし、異なる技術を組み合わせることで、設計の可能性は大きく広がる。コストの面からいえば、部品や機能そのものが不要になることもある。そこで藤原氏は、技術と技術の間に入り、全体を見る役割を担う。足し算ではなく編集していくことで新しい価値を生み出す。

「お互いの技術を持ち寄れば、もっといいものができる。それがわかってくると、自然と協力し合うようになるんですよ。しかも作っているのは、まだ誰も見たことのない製品です。エンジニア冥利に尽きますね」

持てる技術をすべて投じ、ありたい未来の具現化をめざすうちに、藤原氏の中に”技術とは何のためにあるのか”という問いが生まれた。

「フラッグシップを背負って開発していたころ、技術は他社に勝つためにあり、勝つことによって開発者としての自尊心を満たしてくれていました。しかし、未来を見てものづくりをするうちに、技術のベクトルが外に向いていくのを感じたのです」

このころ、業務と並行して東京工業大学の非常勤講師を務めたことも、ターニングポイントになったと藤原氏は話す。

「教えるという体験を通して、エンジニアの存在意義を自らに問い直し、原点に戻った感覚がありました。エンジニアの仕事の先には、作った製品を使う人がいます。突き詰めると、誰かの生活を豊かにするためにエンジニアは存在しているんですよね」

未来を前提とした開発に携わる中で、「他社に勝つための技術」から「社会にどう価値を届けるか」という視点へと、技術の意味づけそのものも変わっていったという。藤原氏が新しい価値を生み出し続けられる理由は、実体験を通じてこうした思考を獲得してきた点にある。

技術で人を笑顔に。誰かの未来を守る産業への進化

「Engineering Smiles 技術で人を笑顔に。」YECが、創業40周年を機に設定したビジョンだ。技術は、単純な効率化や精度の向上だけでなく、使う人の心を満たし、笑顔を引き出すためにある。

その前提に立って、いま取り組みたいテーマを聞くと、意外な答えが返ってきた。

「いま一番やりたいのは、山火事を止めることですね」

山火事は、生態系の破壊や大気汚染、山林の消失による地球温暖化の進行といった深刻な被害をもたらす重要な社会課題だ。人類は長年にわたって山火事と闘ってきたが、21世紀の今もなお、ひとたび燃え上がった炎を確実に止める決定的な方法は存在していない。

「ある意味、技術の敗北とも言える状況ですよね。この状況をなんとか打破したい」

R1開発では速さを極めるために技術を積み上げ、原価革新ではその前提を疑い削ぎ落とすことで価値を再定義し、先行開発では異なる技術を掛け合わせることで新しい可能性を切り拓いてきた。その経験を通じて辿り着いたのが、「単一の技術では、複雑な課題は解けない」という認識だった。山火事のような問題は、モビリティ、制御、センシング、通信、さらにはインフラや運用の仕組みまで、複数の領域が絡み合って初めて解決に近づく。一社の中で完結できる問題ではない。

「だからこそ、単体で勝負するのではなく、技術を持ち寄る必要があると思うんです」

これは単なる理想論ではない。異なる技術をつなぎ、全体で最適解を導く――先行開発で培ってきた藤原氏自身の実践そのものだ。技術を“つくる”だけでなく、それをどう組み合わせ、どう社会に実装するかまでを考える。その延長線上に、オープンイノベーションという選択がある。「1社でできることには限界があります。でも、複数社の技術を組み合わせればできることは広がるはずです」

技術を社会につなぎ、事業として成立させる。そのために、他社と手を取り合い、新しい価値をかたちにしていく。藤原氏が見据えているのは、技術の可能性を“個の力”から“つながりの力”へと拡張していく未来だ。

技術を社会に届ける挑戦は、まだ始まったばかりだ。

この記事の編集者

PEAKSMEDIA編集チーム

PEAKS MEDIAは、製造業イノベーションをテーマに松尾産業㈱が運営するWebメディアです。大変革の時代に悩みを抱えるイノベーターの改革を1歩後押しする情報、製造業をもっと面白くするヒントとなる技術や素材、イノベーションを推進するアイデア、取り組みを取材し発信しております。読者の皆様からのご意見や、取材情報の提供もお待ちしております。

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