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「1→10をどう突破するか」――スタートアップから大企業まで共通する課題
PEAKS MEDIAは「製造業はおもしろい」をコンセプトに、製造業の変革に挑むイントレプレナーの皆さまに向けて情報を発信してきました。
取材を重ねる中で彼らが直面している壁が、ゼロイチ(0→1)そのものよりも、その次に立ちはだかる「1→10」をどう突破するか、という点にあることを感じました。革新的な技術やアイデアを生み出す0→1は活発になり、事業創出の種は増えています。一方で、立ち上げた後に社会実装まで持っていく中間地点で、壁が一気に大きくなる。この壁を越える“きっかけ”が足りていないと考えました。
今回の共催パートナーである川崎重工の共創スペース「CO-CREATION PARK – KAWARUBA」(以下KAWARUBA)も、「技術開発だけで終わらせない、社会実装までやりきる」ことを掲げています。
この「1→10」という共通の課題意識から、今回のコラボレーションが実現しました。イベントには、事業開発に携わる方、技術を起点に新しい価値づくりに挑戦している方、次の一手を模索している方など、さまざまな立場で変革の現場に立つ皆さまにお集まりいただきました。



「めぐりズム」「毛穴パック」を生んだ仕掛け人
ゲストスピーカーの忽那公範氏は、1984年から2016年まで花王に在籍し、分析研究員からキャリアをスタートさせました。その後、商品開発の世界へ転身し、「ビオレ毛穴すっきりパック」「ビオレさらさらパウダーシート」「めぐりズム蒸気でホットアイマスク」など、誰もが一度は手にしたことのあるヒット商品を次々と生み出してきました。特にめぐりズムは、「目を温める」という新しい習慣そのものを市場に創出したブランドとして知られています。
2016年からは三井化学に移り、素材メーカーが消費者視点を持つことの重要性を説き、BtoBtoCの事業推進に携わりました。現在はわくわく商品開発研究所を設立し、技術の強みを活かした商品開発の伴走支援を続けています。

技術は仕上げ方で生まれ変わる
忽那氏が繰り返し強調したのは、「技術で消費者を説得しようとしても駄目だ」という原則でした。
いくら性能が優れていても、生活者が自然に納得できる形で商品を届けなければ、市場には定着しません。技術の押し売りではなく、消費者が「これは自分のためのものだ」と思える商品に仕上げることが重要なのです。
忽那氏によれば、商品開発には三つのステージがあります。「0→1」は技術やアイデアを生み出す段階。「1→10」は消費者視点で商品に仕上げる段階。そして「10→100」は魅力的な情報発信で市場を広げる段階です。 このうち「1→10」で最も重要なのは、消費者の行動・意識・価値観を徹底的に見抜くこと。そして技術を「説得」ではなく「納得」してもらえる商品へと変換することだと語りました。
この考え方の背景には、花王時代に積み重ねた数々の経験があります。
象徴的なのが、毛穴パックの開発です。もともとはペースト状の処方で、角栓の除去率そのものが最高水準の技術でした。ところが、指で塗って乾かし、剥がすという使い方は手間も難易度も高い。競合品との比較テストでも「自社のほうが良い」と答える人は2〜3割にとどまり、技術の強さがそのまま評価につながりませんでした。 そこで忽那氏のチームが変えたのは、技術ではなく“仕上げ方”です。ペーストをシート状に切り替え、鼻に貼って剥がすだけで誰でも迷わず使える形に。さらに、剥がした瞬間に「取れた汚れが目に見える」ことで、効果を言葉で説得しなくても一瞬で納得できる体験を設計しました。この“納得の体験”が口コミを呼び、結果として10カ月間品切れが続くほどのヒットへとつながっていきます。
めぐりズムも、忽那氏が関わったヒット商品のひとつです。花王は1999年、目を温める商品「アイフィール」を発売していました。目の上にシート(発熱体)をのせ、その上に目枕を重ねて使うタイプの商品です。 ただ、「のせるだけ」の構造ゆえに、横を向くとずれて落ちてしまう。使いづらさが壁となり、商品は継続に至りませんでした。その後、めぐりズムとして商品化の検討が始まります。以前の使い方でも「ブランドが変われば売れるのでは」といった意見が出る中で、忽那氏がこだわったのは徹底した“使いやすさ”でした。気持ちいい価値の商品が、使いにくいなんてありえない——そう考えたのです。
そこで焦点になったのが、耳にかける仕様でした。忽那氏は「“できる商品”ではなく、“できたら消費者が感動する商品”にしたい」と、使い方そのものを見直しました。安全性はもちろん、製造方法、耳掛けのカットや長さまで細部を詰め、気持ちよく、簡単に使える商品作りを短期間に行いました。 温めて気持ちいいだけが価値ではない。使い方も商品の価値になる——その視点で、めぐりズムは商品として組み直されたのです。
忽那氏は、ここまでの2つの事例に通底するポイントを、こう振り返りました。
「大したことはやっていません(笑)。毛穴パックはシートにした。めぐりズムは耳掛けをつけただけ。技術そのものを変えたわけじゃなくて、消費者の行動・気持ち・価値観を考えて、商品の仕上げ方を変えただけなんです」
技術の本質的な価値を変えず、商品の仕上げ方を工夫することで市場を創造するという発想に多くの参加者が聞き入っていました。

技術で説得しても消費者は動かない。
講演では、成功事例だけでなく失敗事例も赤裸々に共有されました。忽那氏は「失敗した商品は、生活者を見ていない。技術の押し売りをしているパターンがほとんどだ」と語ります。
1994年に発売した「ビオレ マイルド泡ウォッシュ」は、日本で先駆けとなる“泡で出てくる洗顔料”でした。消費者調査では「肌への優しさ」が最重要ニーズとして挙がっていたため、開発チームは低刺激な界面活性剤を採用し、泡で出るスクイズフォーマーと組み合わせて、肌あたりの良い使用感を徹底して磨き込みました。
ただ、その“仕上げ方”が行き過ぎていました。優しさを追求するあまり、洗顔料として生活者が重視していた「洗っている感」「汚れが落ちた感覚」が弱くなってしまったのです。当時の洗顔の常識は、顔の上でゴシゴシ泡立てながら洗うスタイルが主流で、洗浄力の“手応え”そのものが行動の一部でした。最初から泡で出てくるという提案は、今でこそ当たり前ですが、当時の生活者の感覚とはズレがあり、結果として失敗に終わりました。
また、1988年に発売されたスキンクリーム「セナー」は、高保湿成分を配合した肌荒れ改善クリームで、顔にも体にも使える“オールパーパス”を狙って設計されました。「いいものは使えばわかる」という信念のもと、生活者が気軽に試せるよう800円という手に取りやすい価格で、“高品質・高効果のクリームを全身に使う習慣”を提案しようとしたのです。
ところが、この提案は消費者の感覚と噛み合いませんでした。ハンドクリームとして値段が高く、顔に使うクリームとしては安すぎて、品質への信頼が生まれにくい。大規模なサンプリングも行いましたが、効果を強く実感できるのは実際に肌荒れが顕在化している層に偏り、結果として、市場には定着しませんでした。
これらの失敗から忽那氏が得た教訓は明確でした。
「失敗した商品に共通するのは、消費者の行動・意識・価値観を無視していること。技術を押し売りしても常識は変わらない。消費者の常識と、商品の訴求のバランスが大切です」
そして、セナーの反省から生まれたのが「キュレル」ブランドだったそうです。キュレルは、乾燥性敏感肌という明確な悩みを持つ人に向けて設計されたスキンケアブランドで、「誰に効くのか」をはっきりさせた点が特徴です。効果がわかる人だけをターゲットにし、余計な人に買わせない。「ブランディングとは、買ってほしくない人を明確にすることでもある」ということを失敗から学んだと教えていただきました。

講演だけで終わらせない。悩みを持ち寄り、答えを探す場へ
PEAKS TALK Vol.1では、一方的な講演にとどまらない双方向性を重視しました。
会場参加者には5つのテーブルに分かれてのグループディスカッションの時間を設け、自己紹介から始まり、最終的には各自が抱える「1→10の壁」を共有し、相談し合う場へと発展しました。
一方で今回は、現地参加者がグループセッションに取り組んでいる時間を活用し、オンライン参加者も忽那氏と交流できるように、Q&Aセッションを“並行して”実施。「技術の使い方を考える際のコツ」「部門の壁を超えるには」「上司を巻き込む方法」など、具体的な悩みに忽那氏が直接回答しました。
技術の使い方については、「スペックを数字としてとらえず、それが日常生活でどんな現象を起こすのかまで具体的にイメージすることが大切」とのこと。上司を巻き込む点についても、「上の立場にいるほど消費者価値を考える責任がある。上司の上司とも話をすることが大切です。エレベーターで一緒になったときのような短い時間でも、価値を端的に伝えられるようにしておく」と、実践的なアドバイスが共有されました。
イベントの最後には、当日の内容をまとめたグラフィックレコーディングが披露されました。講演内容がリアルタイムで一枚の絵にまとめられ、最後にその絵を見ながら学びを振り返る時間を設けました。
なお、このグラフィックレコーディングは、川崎重工のKAWARUBAメンバー・原純哉氏によるものです。「わくわくして進んでいるか」「諦めている不満、意識していない満足を見つける」など、講演のエッセンスが視覚的に整理され、参加者からは「自分の中に落とし込みやすくなった」という声が多く聞かれました。


「製造業はおもしろい」を伝えるメディアが、リアルの場へ踏み出す
今回のPEAKS TALKは、記事を通じた情報発信にとどまらず、リアルな場での対話を通じて読者同士がつながり、互いの課題を共有し、ヒントを持ち帰ることのできるコミュニティイベントとして企画しました。
川崎重工の共創スペース「KAWARUBA」との共催で実現した今回の試みは、メディアと共創拠点がそれぞれの強みを持ち寄る、新しいイベントの形でもあります。
イベント終了後のアンケートでは、一方的に講演を聞くだけでなく、参加者同士が同じ課題を持ち寄って話せる時間として、ディスカッションへの評価が多く寄せられました。加えて、「堅苦しくなく、フランクな雰囲気で参加しやすかった」「フレームワークではなく、当時の葛藤や実感を踏まえた話に説得力があった」といった感想も寄せられました。
私たちPEAKS MEDIAは今後も、共創コミュニティやオープンイノベーション拠点と連携し、事業創出の現場で立ちはだかる課題に対して、その突破口となる“尖った人・技術・感性”を製造業につないでいきます。
PEAKS TALKは、これからも続きます。製造業の変革を担う皆さまが集い、学び、つながる場として、次回の開催にもぜひご期待ください。



PEAKS TALKの共催パートナーを募集しています
ご関心のある企業・施設・コミュニティの方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。大学・研究機関、企業の共創拠点やイノベーションセンター、地域の産業支援施設など、製造業の未来を共に考えるパートナーを広く募集しています。
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