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プロフィール

株式会社SIRC 代表取締役CEO 髙橋 真理子
大阪市立大学発スタートアップとして2015年に設立された株式会社SIRCに創業初期から参画。ベンチャーキャピタルで大学発技術の事業化支援に携わった経験を持ち、資金調達担当取締役を経て、2019年に代表取締役CEOへ就任。同社は、既存設備に後付けできる小型・多機能のセンシングデバイス「SIRCデバイス」を強みに、製造業のDX・脱炭素・インフラ分野での導入を推進。髙橋氏は、自社の強みであるセンシング技術とデータ利活用を通じた社会課題解決を掲げ、事業を拡大している。女性起業家としての評価も高く、「女性起業家大賞 グロース部門優秀賞」などを受賞。パートナー企業との協業にも取り組み、産業現場のDXを支える次世代企業として注目を集めている。
非接触・工事不要で実現する電力の見える化
SIRCの中核技術は、わずか5ミリ×4.4ミリという超小型の「SIRCデバイス」だ。このマルチタスクデバイスは、電力計測、電流計測、角度計測、周波数抽出という4つの機能を1つのチップで実現する。この特長を活かした商品開発を行うことで、「既存設備に後付け可能」「取り付け簡単」といった利点を持った商品を提供している。
「私たちのIoT電力センサユニットは、既存設備の電線にセンサヘッドをクランプするだけで設置完了です」と髙橋氏は説明する。「積算電力計は設置工事が必要なため、生産ラインを止める必要がありました。当社のセンサなら、ラインを止めることなく、特別なスキルを持たない方でも15秒で取り付けられます」
このセンサーから得られたデータは、Bluetoothで通信機器に送られ、クラウド上で可視化される。「SIRCクラウド」と呼ばれるこのシステムでは、ダッシュボード機能により電力使用状況を一目で把握でき、月次の使用量比較やトレンドグラフ、データの詳細分析まで可能だ。CSV形式でのデータダウンロードにも対応し、顧客独自の加工や分析ニーズにも応えている。
特筆すべきは「力率」の計測機能だ。力率とは供給された電力のうち、どれだけが有効に使われたかを示す指標で、機械の効率を見る重要なパラメータとなる。「力率が悪化しているときは、フィルターの目詰まりやモーターの劣化が疑われます」と髙橋氏は指摘する。「これにより、省エネだけでなく、品質不良の予兆検知や予知保全にも活用できるのです」
「クラウド型・オンプレ型どちらの環境でもデータ可視化や分析に活用できます。センサヘッドを電線にクランプするだけで有効電力や力率まで計測できるため、脱炭素に向けたエネルギー管理の高度化をはじめ、省エネによるコスト削減、設備の異常検知、点検業務の省力化など、多目的なDXソリューションとして導入が進んでいます」

「IoT角度センサユニット」は、アナログメーターを簡単にIoT化し、点検業務を省力化する。
実際、ダイキンでは年間4000時間以上の点検工数削減を実現。従来、中高層階のプラントを昇り降りしながら目視点検していたが、SIRCの角度センサユニットを導入することで、アナログメーターの数値を遠隔で監視できるようになった。
「日本の工場やプラントでは、高度成長期に導入された設備が今も使われており、目視点検など人による手作業が主流です。既存設備を活かしながら点検をデジタル化するニーズが高まっています」
各計器の状態をリアルタイムに把握できるため、プラント停止といった大規模な異常に至る前に、早期発見・対応が可能になった。防爆モデルもダイキンとの共同開発により実現し、防爆エリアでも使用可能となっている。
IoT角度センサを活用することで、設備を大きく改造することなく、効率化やデータ活用による安定操業の仕組みが生まれている。ダイキンの化学プラントでは、SIRCのIoTセンサを活用し、3カ所の圧力計を同時に監視することで圧力上昇を「詰まりの予兆」として検知し、故障を未然に防止。修繕費削減に成功しているという。また、冷凍機の温度や圧力もリアルタイムで可視化することで、従来8時間ごとだった点検を常時監視に転換。気候変動による想定外の高温にも即応できる体制構築につながっている。
SIRCの創業は2015年。大阪市立大学(現・大阪公立大学)名誉教授の辻本浩章氏が、1970年代から研究を続けてきた磁性薄膜技術の研究の成果として、1つのデバイスで4つの機能「電流計測」「電力計測」「角度計測」「周波数変換(抽出)」を発揮するマルチタスクデバイス「SIRCデバイス」の開発に成功した。
「創業当初、『電力メーターは既にあるのに、なぜ小さくする必要があるのか』と言われました」と髙橋氏は振り返る。「東日本大震災後で電力への意識は高まっていましたが、個別に計測する必要性まではまだ認識されていませんでした」
創業当初は「SIRCデバイスの技術そのものを提供する」「モジュールを装置メーカーに組み込んでもらう」といったモデルを想定していたが、共同開発は時間も労力もかかるうえ、事業化の確度が見えにくかった。そこで事業方針を転換し、自社で企画・製造・提供まで行う事業を立ち上げた。SIRCデバイスを搭載したIoTセンサユニットを開発したことで、これまで設置が難しかった設備にも後付けできるようになり、機器ごとの個別計測が手軽に実現できるようになった。センシングデータを可視化するクラウドも自社開発した。プロダクトとして完成形に近づけたことで、製造業の現場ニーズを直接とらえ始める。
さらに追い風となったのが、2020年前後の社会変化だ。日本政府による脱炭素宣言、エネルギー価格の高騰、サプライチェーン全体でのCO₂排出量管理の潮流――こうした背景から、「個別に電力を測る意味」が一気に顕在化した。創業時には価値を理解されにくかった5ミリセンサーが、突如として“必要な技術”に変わった瞬間だった。
「脱炭素と言われてもピンとこない方でも、電気代が上がれば原価に直結します。製造業の方々にとって、省エネは待ったなしの課題になりました」
現在の事業成長は、最初から描いていた完璧なシナリオに沿ったものではない。大学発技術の粘り強い研究、製造業ユーザーの現場課題、そして社会の転換期――技術先行で始まった挑戦は、試行錯誤を経て事業性を帯び、社会課題と重なったことで一気に加速した。

データプラットフォーマーとして製造業DXを推進
SIRCが目指すのは、単なるセンサーメーカーではなく、データプラットフォーマーとしての地位確立だ。現在、同社は3つの市場をターゲットとしている。脱炭素市場、スマート保安市場、そしてインフラDX市場だ。
脱炭素市場では、サプライチェーン全体でのCO₂削減に取り組む。「自動車関連会社との協業では、自社のみならず、取引先の電力使用量も把握し、Scope3まで含めた省エネに関するデータ収集、分析の自動化の実現に向けた取り組みを進めています。専門的な知識や人手がなくても実現できるところが重要です」と髙橋氏。
省エネ支援を新たな顧客価値と捉えた共創も進む。中国電力では、省エネコンサルティングの現場診断ツールとして同社のDXソリューションを活用。高橋氏は「簡単に取り付けられるIoT電力センサと、リアルタイムでデータを確認できるSIRCクラウドを活用することで、精度の高いエネルギー計測が可能になります。これに中国電力様のコンサルティングノウハウが組み合わさることで、効率的なエネルギー管理を実現しています」と説明する。
2050年カーボンニュートラルの達成に向けては、再生可能エネルギーの導入拡大などを背景に、電源の出力変動の平準化に寄与するディマンド・リスポンス(以下、DR)が今後さらに必要となる。こうした状況下で、電力関連企業のJパワーと同社は、日本国内のDRポテンシャルを拡大する可能性のある、機器個別計測の実現に向けた共同検討を進めている。
2025年秋には、IoTデジタル入力ユニットをリリース。既存設備のデータを無線でクラウドに集約し、生産数量カウンターや流量計など、これまでIoT化されていなかった設備データも統合管理できるようになる。「既設の設備データをクラウド側で処理できるようになります。プラットフォームに繋がるセンサが増えることで、付加価値がさらに高まります」と髙橋氏は展望を語る。

中国電力と広島精密工業の実証では、SIRCのIoT電力センサユニットが、省エネの「見える化」ツールとして効果を発揮した。分電盤38カ所を計測し、計測による製品毎のエネルギー使用量の把握や待機電力の発見による省エネ化を実現した。機器の取付けが安全かつ簡易で、精緻なエネルギー計測が可能であること、計測データをクラウド上でリアルタイムに参照できることが評価された。この成果を受け、中国電力は「IoT型計測診断サービス」を2025年に事業化している。画像提供:SIRC
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「センシング・データから革新的な価値を提供する」——第二創業期の挑戦
2025年2月、SIRCは創業10周年を迎えた。全社員から公募で決定した新たなミッションは「センシング・データから革新的な価値を提供する」。経営理念も社員から募集したアイデアをもとに策定した。
「当社の期初にあたる10月1日のキックオフミーティングで全社向けに発表し、優れたアイデアを出してくれた社員を表彰しました」と髙橋氏は語る。「みんなの思いを持ち合わせて、会社を一つにしていこうという取り組みです」
「私たちが大切にしているのは、従業員とその家族の幸せです」と髙橋氏は語る。「センサを開発する人、データを繋げてサービスの付加価値化を考える人、多様な優秀な社員が入ってきてくれたおかげで今のサービス提供に至っています。すべては人なのです」
同社の強みは、技術力だけではない。ダイキン、東京ガス、ヤンマーなど、そうそうたる事業会社が株主として参画し、現場のニーズを共有しながら製品開発を進めている点にある。「なぜSIRCは応援されるのか」という問いに対し、髙橋氏は「それも人なんです」と答える。「投資家の方々が当社の応援団として現場のニーズを教えてくださり、それをもとに開発を進めることで、マーケットにフィットした製品を生み出すサイクルが出来てきています」
現在、社員は約40名。今後の課題について髙橋氏はこう語る。「現場ごとに課題は異なりますから、共通化できる部分を見極めながら、お客様に最適なソリューションを提供できる体制を増強する必要があります。少ないメンバーで全国エリアをカバーしているため、今後の拡販に向けた業務提携先の構築も重要と考えます。」
海外展開も視野に入れている。国内製造業企業の海外工場への展開計画や、新事業としてルワンダでの無収水(漏水や盗水などにより水道事業体の料金収入とならない水道水)削減の実証事業に取り組む。「当社のIoTセンサを活用して設備の消費電力量を把握し、クラウドと組み合わせて継続的に監視することで、無駄な電力削減や異常値を検知することが可能です。海外での適用可能性を調査し、事業化に向けた検討を進めています。」
製造業が抱える「見える化」の課題。それは単に電力使用量を把握することではなく、データから価値を生み出し、行動変容につなげることだ。SIRCが提供するのは、センサーという製品を超えた、製造現場の改善を実現するプラットフォームだ。5ミリ角のチップから始まった挑戦は、製造業のDXと脱炭素を両立させる新たな道筋を示している。

J-Startup KANSAIについて
経済産業省の「J-Startup」プログラムの地域展開として、令和2年9月に「J-Startup KANSAI」が開始されました。関西から世界へはばたく有望なスタートアップを選定し、内閣府のスタートアップ・エコシステム拠点形成事業と連動しながら、公的機関と民間企業が一体となって集中的な支援を行う取り組みです。現在までに75社が選定されており、近畿経済産業局を中心に、地域ぐるみで起業家を応援・支援する仕組みを構築。地域が起業家を生み育てる好循環(=「エコシステム」)の強化を目指しています。
PEAKS MEDIAでは、この「J-Startup KANSAI」の趣旨に共感し、関西発のイノベーションを可視化し、製造業をはじめとする産業界との新たな共創を生み出すことを目的に「J-Startup KANSAI特集」を開設しました。選定スタートアップの皆様へのインタビューを通じて、テクノロジーの可能性や事業への想いを発信し、社会実装や産業連携のヒントを広く共有することで、関西発のスタートアップ・エコシステムの発展をメディアの立場から後押ししています。
PEAKS COMMENT
J-Startup KANSAI特集では、選定企業の皆様への有識者か技術展開の可能性や社会実装や連携のヒントを募集・掲載しています。


