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アディティブマニュファクチャリング(AM)とは
アディティブマニュファクチャリング(AM)は、3Dモデルデータを基に材料を積層して造形物を実体化する革新的な加工方法です。2020年にJIS規格B9441として規格化され、除去加工および成形加工とは対照的な製造技術として定義されています。
この技術の起源は1980年代中頃まで遡り、1984年に米国の物理学者チャック・ハルが光造形法の特許を取得したことから始まりました。従来の切削加工が素材から不要な部分を除去していく方式であるのに対し、アディティブマニュファクチャリングは材料を一層ずつ積み重ねて成形するため、複雑な内部構造を持つ部品でも3Dモデルデータから直接製作することが可能です。
材料としては、当初はプラスチックのみでしたが、現在では金属やセラミック、繊維素材など、幅広い素材に対応しています。特に産業用途では、アルミ、チタン、ステンレス鋼などの金属粉末を使用した「金属3D積層技術」として発展を遂げています。
製造プロセスにおいて、従来の切削加工が素材を削って形状を作り出すのに対し、アディティブマニュファクチャリングでは3Dデータに基づいて必要な箇所に材料を付加していきます。この特徴により、複雑な形状や中空構造、格子状のデザインなど、従来技術では実現が困難だった形状を製造することができます。
アディティブマニュファクチャリングが注目される背景
製造業界においてアディティブマニュファクチャリングへの関心が高まっており、市場規模は急速に拡大を続けています。グローバル市場では、航空宇宙、防衛、自動車、医療、エネルギー分野での積極的な導入が牽引役となり、今後も持続的な成長が予測されています。特に北米が市場のリーダーとなりながら、ヨーロッパやアジア太平洋地域でも市場拡大が進んでいます。
特に多品種少量生産における経済性の高さが、注目を集める大きな要因となっています。従来の加工方法では、1つのワークごとに治具や工具を整える必要があり、大量生産によって初めて1個あたりの単価を下げることが可能でした。
一方、アディティブマニュファクチャリングでは、これらが不要となるため単価を一定に保つことができます。さらに、製品の形状が複雑になっても、プログラムで描いたワークがそのまま造形できるため、形状の複雑さに左右されることなく、効率的な生産が可能です。
大手企業による導入も加速しています。航空宇宙産業ではコンフォーマル冷却管を内蔵した部品の製造に活用され、医療分野では患者一人一人に合わせた人工関節の製造が実現しています。自動車産業においても、量産時に使用する同じ材料を用いた試作品の製造に採用されるなど、適用範囲は着実に広がっています。
こうした実績の蓄積により、アディティブマニュファクチャリング指定の案件も増加傾向にあり、製造業における重要な加工技術として定着しつつあります。
アディティブマニュファクチャリングの造形方式
アディティブマニュファクチャリングには、造形方式によってさまざまな方式が存在します。それぞれの方式は独自の特徴を持ち、用途に応じて使い分けられています。
方式 | 概要 |
粉末床溶融結合方式(PBF) | 金属粉末を敷き詰めた粉末床にレーザーを照射して造形する方式 |
熱溶解積層方式(FDM) | 熱可塑性材料のフィラメントを加熱して押し出し積層する方式 |
材料押出方式(MEX) | ノズルから材料を押し出して造形層を供給する方式 |
指向性エネルギー堆積方式(DED) | 集束させた熱エネルギーで金属粉末やワイヤーを溶融させる方式 |
結合材噴射方式(BJT) | プリントヘッドから結合剤の液滴を材料に噴射し、粒子を融合させる方式 |
材料噴射方式(MJT) | 光硬化樹脂やワックス状物質の液滴をノズルから噴射する方式 |
液槽光重合方式(VPP) | タンク内の液体ポリマー樹脂を光重合によって硬化させる方式 |
シート積層方式(SHL) | 薄い材料層を積み重ねて接合する方式 |
粉末床溶融結合方式(PBF)
金属分野で主流となっているPBF方式は、3DCADデータの水平方向スライス面に対応する造形層を積み重ねて製作します。金属粉末を敷き詰めた粉末床に対して、レーザーまたは電子ビームを高精度に照射して材料を溶融させ、前の造形層に付着させながら冷却・凝固させていきます。小型の精密製品を作るのに適しており、一度に大量に生産できる特徴があります。
熱溶解積層方式(FDM)
FDM方式は、熱可塑性樹脂材料と金属を混ぜた粉末をノズルから押し出し、対象物を作り上げる方式です。熱溶解フィラメント製法またはフィラメント自由形状法とも呼ばれています。導入コストが低いという利点がある一方で、造形精度に制限があり、後工程として脱脂や焼結が必要となります。
材料押出方式(MEX)
MEX方式では、エクストルーダと呼ばれる移動するノズルから材料を供給して造形層を形成します。ノズルまたは造形プラットフォームが上下動することで、層を重ねていくもので、熱可塑性樹脂をはじめ、コンクリート、セラミック、さらには食品まで幅広い材料に対応可能です。
指向性エネルギー堆積方式(DED)
DED方式は、集束させた熱エネルギーによって材料を溶融する技術です。金属粉末やワイヤーなどを供給しながらレーザーや電子ビームで溶融し、それを堆積していくことで完成形に近いかたちで造形物を作り出します。比較的大型のワークの製作に向いており、既存部品への材料追加や異なる素材の組み合わせが可能です。また、金型などの損傷部分の修復にも活用できます。
結合剤噴射方式(BJT)
BJT方式では、プリントヘッドが結合剤の液滴を材料に噴射し、定義されたパターンに従って粒子を融合させます。ポリマー、金属、セラミック、砂など多様な材料で造形可能です。造形スピードが速く、サポート材が不要というメリットがありますが、後工程として結合剤の追加や焼結などが必要です。
材料噴射方式(MJT)
MJT方式は、光硬化樹脂またはワックス状の物質の液滴をノズルヘッドから噴射し、紫外線で硬化させます。異なる材料の組み合わせが可能で、造形物全体に異なる材料特性を付与したり、色付けしたりすることができます。
液槽光重合方式(VPP)
VPP方式は、タンク内の液体ポリマー樹脂を光重合によって層ごとに硬化させる方式です。レーザーまたはLEDを光源として使用し、造形プラットフォームの上下動により新しい層を形成するもので、精密な造形が可能です。
シート積層方式(SHL)
SHL方式は、薄い材料層を積み重ねて部品を接合する方式です。金属、紙、ポリマー、複合材料など多様な材料に対応し、結合剤や溶接で接合します。他のアディティブマニュファクチャリング技術と比較して安価で迅速な造形が可能ですが、高精度な部品製作には向いていません。
アディティブマニュファクチャリング導入によるメリット
アディティブマニュファクチャリングの導入は、製造業に革新的な変革をもたらします。従来の製造方法では実現できなかった複雑な形状の実現、部品の軽量化・一体化による性能向上、さらには開発から生産までのプロセス効率化など、多角的な価値を創出します。
以下では、それぞれのメリットについて解説します。
設計の自由度向上と複雑形状の実現
アディティブマニュファクチャリングは、従来の切削加工や鋳造では実現困難だった複雑な形状や内部構造を可能にします。例えば、中空構造やメッシュ構造、さらには内部に冷却用配管を組み込んだ金型など、これまでは複数の部品を組み合わせなければ作れなかった形状も、一体成型で製作できます。
設計者は従来の製造制約から解放され、より理想的な製品設計に注力できるようになりました。CADデータで描いた通りの形状が造形できるため、機能性を重視した設計が可能です。この自由度の向上により、製品の性能向上や新機能の付加など、イノベーションの可能性が広がっています。
軽量化・一体化による性能向上
複数の部品で構成されていた製品を一体成型できることで、組立工程の削減だけでなく、接合部がなくなることによる信頼性の向上も実現します。特に航空機エンジン部品などでは、数百の部品を一体化することで軽量化とコスト削減が可能です。
また、トポロジー最適化技術と組み合わせることで、強度を保ちながら大幅な軽量化も可能です。必要な箇所に必要な量の材料のみを配置する最適設計により、レーシングカー向けの部品でも大幅な軽量化を実現しています。こうした軽量化は、特に航空宇宙や自動車産業において、燃費向上や性能改善に直結する重要な要素となっています。
リードタイム短縮とコスト削減
アディティブマニュファクチャリングでは、3Dデータから直接造形が可能なため、金型製作や治具準備が不要となり試作開発期間を大幅に短縮できます。複数の試作品を並行して製作できることから、設計検証のスピードも向上します。
さらに、必要な時に必要な数だけ製造できるため、在庫の最小化が可能です。例えば、自動車の補給部品や船舶のスクリューなどをオンデマンドで供給する体制が実現しています。これにより、保管スペースの削減、さらにはサプライチェーン全体の最適化にもつながっています。
アディティブマニュファクチャリング導入における課題
アディティブマニュファクチャリングは、革新的な製造技術として注目を集めていますが、実用化に向けては複数の技術的課題が存在します。
材料選択の制約、造形精度の限界、そして後処理工程の必要性など、これらの課題を理解し適切に対応することが不可欠です。
材料の制約
アディティブマニュファクチャリングで使用できる材料は、特に高温や高強度を必要とする用途において制限が生じることがあります。使用できる材料の幅は着実に広がっているものの、現在は樹脂、金属、セラミック、繊維素材など、従来の製造方法と比較すると限定的です。
材料のコストも重要な課題となっています。特に金属粉末を使用する場合、材料費が高額になる傾向があり、大量生産時のコスト競争力に影響を与えます。金属3Dプリンタは価格が高く、材料費と合わせて導入時の大きな負担となっているのです。
精度の限界
高精度な加工が要求される場面では、従来の製造方法と比べてまだまだ大きな差があります。特に微細な構造や複雑な形状の部品において、切削やプレスといった従来型の加工方法と比べると表面の粗さが目立つこともあります。
場合によっては、顧客が許容できる品質基準を満たさないケースも発生するかもしれません。
後処理工程の必要性
アディティブマニュファクチャリングで製造された製品は、多くの場合、表面の仕上げ処理や熱処理、さらには高精度が要求される部分への機械加工など、追加の後処理工程が必要となります。
後処理は、製造時間の延長とコストの上昇を招きます。特に金属粉末を使用する方式では、粉末の除去作業や熱処理工程が必須となり、これらの工程管理も製造プロセス全体の重要な要素となっています。後処理を含めた総合的な工程設計と管理体制の構築が求められています。
アディティブマニュファクチャリングの活用事例
アディティブマニュファクチャリングは、既にさまざまな産業分野で実用化されており、その活用範囲は着実に拡大しています。特に医療機器、航空宇宙、自動車産業では、この技術の特徴を最大限に活かした革新的な製品開発や製造プロセスの改革が進んでいます。
それぞれの分野における具体的な活用事例を見ていきましょう。
医療機器産業
医療機器産業では、患者一人ひとりに合わせたカスタムメイドの医療機器製造にアディティブマニュファクチャリングが活用されています。特に人工関節などのインプラント製造において、CTスキャンデータを基に患者の骨の状態に完全に適合する製品を作製することが可能となりました。
従来は既製品を改良して対応していた人工関節も、個々の患者の状態に合わせて設計・製造できるようになり、母骨との接合性が大幅に向上しています。さらに、歯科インプラントや外科手術用の補助器具など、患者固有の形状に合わせた医療器具の製造にも広く活用されています。
航空宇宙産業
航空宇宙産業では、GEアビエーションによる航空機エンジンの燃焼ノズルの開発が代表的な成功事例として知られています。従来20個の部品で構成されていたノズルを一体成型で製造することに成功し、軽量化だけでなく、4~5倍の耐久性能を実現しました。この技術革新により、燃費とCO2排出量の削減に大きく貢献しています。
プロダクションチェーンの効率化も重要な成果の一つです。部品の一体化により組立工程が削減され、ライフサイクルでのメンテナンスコストも低減しました。
自動車産業
自動車産業では、同じ材料を用いた試作品の製造にアディティブマニュファクチャリングを採用しています。これにより、開発期間の短縮と試作コストの削減を実現しています。さらに、トヨタ自動車では、生産終了した車種の補給部品を3Dプリンティングで再製作し、純正部品として提供するという革新的な取り組みも始まっています。
試作段階での活用に加え、レーシングカー向けのホイールキャリアなど、実際の製品製造にも応用が広がっています。トポロジー最適化技術との組み合わせにより、強度を維持しながら大幅な軽量化を実現するなど、製品性能の向上にも貢献しています。
アディティブマニュファクチャリングの将来展望
アディティブマニュファクチャリングは、現在も技術的な発展を続けており、その可能性はまだ初期段階にあると言えます。工業生産における変革をもたらす力を秘めており、特に個々の顧客特有の製品を迅速かつコスト効率よく生産できる可能性を持っています。
今後の発展に向けては、材料、造形サイズ、精度、信頼性、加工再現性といった技術的な成熟が重要になります。さらに、後加工の自動化やプロセスの標準化、オペレーターとエンジニアのトレーニングなど、周辺領域の整備も不可欠です。
また、3Dプリンタが一般消費者向けに販売され、個人レベルでの利用も着実に広がりを見せており、フィギュア作成や機械工作を趣味とする人々の間でノウハウやデータを交換するコミュニティが形成されています。この技術への社会的な関心の高まりは、アディティブマニュファクチャリングの普及を後押しする要素となっています。
将来的には、スマートファクトリーにおける重要な製造技術としての活用が期待されています。IoTやビッグデータ、AI、ロボットなどと連携し、個別生産を大量生産並みのコストで実現する製造システムの中核を担うと考えられており、マーケットニーズに即した生産体制を構築する上で欠かせない技術となるでしょう。
また、環境保護の観点からも、アディティブマニュファクチャリングは注目を集めています。生産時のエネルギーと材料消費を抑制でき、廃棄物も少ないため、持続可能な製造技術としての期待が高まっています。今後、環境規制が強化される中で、この特徴はさらに重要性を増すと考えられます。
まとめ
アディティブマニュファクチャリングは、製造業のビジネスモデルを変革する重要な技術です。複雑な形状の実現や設計の自由度向上、部品の一体化による性能向上など、従来の製造方法では実現できなかった価値を創出します。
現在の医療、航空宇宙、自動車産業での実績は、その有効性を実証しており、スマートファクトリーにおける中核技術としての期待も高まっています。材料や精度の制約はあるものの、技術革新によりそれらの制約は着実に克服されつつあり、この技術を導入することで、競争力のある製品開発や生産性の向上を実現できるでしょう。