INNOVATION

わずかな可能性を大きな成功につなげるー正攻法と逆を行く投資哲学とは|GoAhead Ventures 森健

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出資者から集めた資金で未上場企業に投資するベンチャーキャピタル(VC)は、投資先企業の上場や売却によって得られるキャピタルゲイン(株式売買時の差益)を出資者に分配することで運営されている。

そのため、スタートアップ企業を見極めて投資判断をする力が不可欠だ。投資先が首尾よく成長すれば大きなリターンを得られるが、残念ながらうまくいかないリスクもある。なんとか成長しても、小規模な成果では期待するリターンには届かない。VCにとって、大きな成長を遂げる企業の発掘は生き残りを懸けたミッションだといってもいいだろう。

これまでに数多くのスタートアップが育ち、「スタートアップの聖地」ともいわれるシリコンバレー。名だたるグローバルメジャー、革新的なアイディアを持つ起業家やVCが軒を連ね、スタートアップを排出し続けている。

そのシリコンバレーで、ユニークな投資方法で注目を集めるのがGoAhead Venturesだ。その投資判断を支える独自の哲学は、イノベーションのヒントにもなるだろう。GoAhead Venturesの共同創業者でManaging Partnerである森健さんに話を聞いた。

プロフィール

GoAhead Ventures 共同創業者/Managing Partner 森健さん

東京大学工学部電気工学科卒、スタンフォード大学経営学大学院修了。株式会社日立製作所 情報通信事業部の主任技師としてエンジニアリングを経験した後、1999年から米国シリコンバレーに在住。通信事業会社であるOnFiber CommunicationsにてVice President、ヘッジファンドのVC部門のアドバイザー、光スイッチ開発のベンチャー企業の共同創業社を経て、2005年ゼンシンキャピタルを共同創業。その後、2014年にシリコンバレーにてフォーブス誌の「30 UNDER 30」を最年少で受賞したスタンフォード出身のクラシー氏とフィル氏とともにGoAhead Venturesを共同創業、取材時点で150社以上のシードステージベンチャー企業に投資ずみ。現在は年に3,000社にものぼるベンチャー企業からの応募をスクリーニングし、年間20社程度に投資している。

VCの基本的な仕組みとGoAhead Ventures

まずは、VCの基本的な仕組みをもとに、GoAhead Venturesの立ち位置を見ていこう。

冒頭で述べた通り、VCは有望なスタートアップに投資し、投資先の企業がIPOやM&Aなどを行った後に株式を売却して、投資額と売却額の差額によって利益を得ている。

スタートアップの成長フェーズは大きく「シードステージ」「アーリーステージ」「ミドルステージ」「レイターステージ」の4つに区分される。シードは事業会社が生まれた立ち上げ時期、アーリーステージは創業後早い時期、ミドルは事業が軌道に乗り始めた拡大の時期、レイターは成長ステージの最終段階の時期を指す。

4つのステージを海に例えるなら、シードは海底にいる無数の卵、アーリーはまだ深海にいる稚魚で、ミドルはより海面に近づき成長した魚、レイターはIPOという海面に顔を出す直前の大魚だと言えるだろう。海底にはさまざまな生物の卵や孵化した稚魚がいるが、成長して何になるのか、どのくらい成長するのかはわからない。ただし、対象がまだ小さい分、少ない投資金額で希少価値の高い魚に育つ可能性がある。この時点で育てる対象を決めておくのは、ハイリスクだがハイリターンが見込める投資だといえる。一方、海面にはある程度まで成長した魚が泳いでおり、育てる対象を決めるのに海底ほどの不確定要素はない。つまり一社から上がる利益の割合は少なくなるが、リスクはアーリーステージに比べ低いローリスクローリターンの投資だ。

GoAhead Venturesは、スタートアップの成長ステージのうち、シードステージの企業に投資を行う。マーケットの動静に左右されることなく有望な卵を探し、長い年月をかけていっしょに海面をめざしていく。

見極めるのはビジネスプランではなく起業家の「資質」

シードのスタートアップに投資して大当たりをすれば高いリターンが期待できるのは確かだが、そのためには高いハードルを越える必要がある。実際、シード、アーリーのスタートアップがIPOする確率は、せいぜい2~3%ほどだという。つまり、海底で孵化する何千何万という稚魚の中で、生存競争を勝ち抜くごく少数の金の卵を見つけ出さなければならないのだ。

GoAhead Venturesは現在までに3号ファンドまで立ち上げているが、1号ファンドのときは一般的な投資戦略で金の卵を探していたという。すなわち、マーケット、ビジネスプラン、人、技術などを徹底的にデューディリジェンスして、これだと思ったスタートアップに投資する方法だ。しかし、3年目に大きな気付きがあり、投資戦略を大きくピボットさせた。

3年目の気づきとは、「シードステージの投資した時点でのビジネスの目利きはほぼ当たっていないし、投資をした時点でどの企業が大当たりするかという予想も、ほとんど当たらない」という事実だった。それはGoAhead Venturesに限らず、ほかのVCのデータからも明らかだったという。例えば、今でこそ成功を収める旅人と民泊をつなぐサービスはシードの時点で注目したVCはごくわずかだった。逆に、圧倒的な注目を集めたビジネスモデルが花開かず、海中へ沈んでいった企業も多い。

つまり、シード、アーリーでの投資家からの人気と、最終的な成功には相関性がほとんどないということだ。どんなにすばらしいビジネスモデルも、売り上げがほとんどないシードステージでは絵にかいた餅であり、顧客の要望や、マーケット環境の変化に合わせ当然ビジネスプランが変わっていく。こうした不安定な状態でオリジナルのビジネスプランを基に成長の予測をしても、当たらないのは当然だと思いませんかと森さんは言う。

「オリジナルのビジネスプランが役に立たないとすると、残りの大きな判断基準は、起業家の質になりますよね。それで、起業家自身の人間としての『資質』に注目するようになりました」。

「GoAhead Venturesでは、2つの軸で質の分析を行っています。1つ目は後述するデータに基づいた成功との相関関係で、自社で5,000人を超える過去の起業家の独自データベースを作成し、起業家のどのような要素が成功と相関関係しているかの分析、2つ目は資質の分析です」。

森さんは、成功した起業家の人となりを分析し、「投資する起業家」として3つのポイントを挙げた。

「1つ目は、変化に対応できること。先ほど言ったとおりシード、アーリーのビジネスプランは変わっていくものですから、環境の変化に対応しながら柔軟に変革していける力の方が重要です。2つ目は、クイックマネーを追わないこと。数年で会社を売却して、それなりのお金持ちになりたいって話をする人は、僕らが投資したい起業家ではない。GoogleやMicrosoftみたいな会社を作ったら、それだけで人生が終わってもおかしくないでしょ。
3つ目は、あきらめない人であること。僕らもVCを一生やるつもりだから、起業家にも一生をかけて勝つまでずっと挑戦できる人であってほしいんです。最終的な勝ち筋を見つけるまでには、たくさんの変化を乗り越えなければならないし、結果としてかなりの時間がかかる可能性があります。それでもあきらめずにやり続けられることは、なにより重要な資質だと思います」。

2014年に立ち上げた1号ファンドで売上ゼロのときに投資したvideoAmp社は、数年以内にナスダック上場予定のユニコーン企業であるという。創業者のRoss McCrayは、まさにこの3つのポイントを満たす起業家だと森さんは話す。

「Rossは数学の天才で、16歳でカリフォルニア大学へ入り、23歳でvideoAmpを作りました。でも、本当のすごさはそこではないんですよ。videoAmpは、僕らが投資したときは5人ほどの小さな会社で、売上もほとんどありませんでした。それでも、彼は必ず上場してみんなを幸せにすると言い続けていたんです。だから、従業員を守るためなら投資家とも取締役とも戦ってきたし、何度潰れそうになってもあきらめませんでした。彼でなかったら、どこかできっと会社を手放していたと思いますね。videoAmpがここまで成長したのは、彼の意思の力があったからこそです」。

「みんながチャンスをつかめればいい」シンプルで開かれた選考とシステマティックな投資判断

次の大当たりを作る創業者をシードの段階で見つけ出すのは、産院で並んで寝ている赤ん坊の中から未来の成功者を探すようなものだ。そこで、GoAhead VenturesではVCとしては型破りともいえるシステマティックかつ合理的なプロセス法を採用している。

最大の特徴は、サイト上に世界中から自由に応募できる正面玄関を作っていることだ。GoAhead Venturesに投資を依頼したい人は、サイト上からビジネスモデルをPRする4分間の動画を送ることで誰でも一次選考にチャレンジできる。一次選考において、GoAhead Venturesの3人のうち1人でも高く評価すれば、次週の二次選考に進み、ビジネスモデルについての深掘りを経て最終選考に進む流れだ。応募から投資判断までは、長くても2週間ほど。非常にスピーディで公平、かつわかりやすいシステムだ。

「ほとんどのベンチャーキャピタリストも起業家も、VCのほうがえらいという思い込みを持っていますが、それはまったく間違った考えだと思います。VCは起業家の成功に相乗りさせてもらうのに、自分たちの勝手な都合で、デューディリジェンスをダラダラと引っ張るのは非常に問題だと思います。私たちは、ビジネスプランのように、考えても変わってしまう可能性が高い項目はできるだけ削って、その分、1日でも早く起業家に結果を返すようにしています。世界中のどこから応募しても、投資判断にかかる時間は同じです」。

世界中どこからでも、誰でも応募できるビデオピッチ 
https://www.goaheadvc.com/contact

また、投資判断にあたっては、成功した起業家の情報を集めた独自のデータベースを活用し分析評価基準を策定、恣意性を排除して判断できる仕組みを採用している。

データベースには、Metaのマーク・ザッカーバーグやGoogleのラリー・ペイジなどの成功した起業家が持っているさまざまな要素が抽出・蓄積されている。具体的には、「出身大学」「出身企業」「事業を行おうとしている国」などだ。こうした情報を積み上げていくことで、VCとして打率を上げていくというわけだ。

現在、応募数は年間に2,000社ほどだ。そのうち、出資に至るのは全体の100分の1以下だという。

「7割ぐらいはアメリカですが、アフリカやインド、アジアなど世界中から応募がきます。投資において国境はなくなったなと思いますね。みんなが公平にチャンスをつかめる仕組みの中で、世界中の起業家にどんどん応募してもらいたいと思っています。その中から高い確率でベストな投資先を選ぶためには、人間の恣意的な思い込みを排除して合理的に資質を判断できるデータベースが不可欠です。応募時の動画や二次選考のビデオはデータ化していて、もう7,000人以上ものデータが溜まっています」。

選考を通った企業に対して、投資条件を提示した後は交渉したり、追いかけたりしないことも特徴的だ。

「追いかけないことはかなり大事だと思っています。相手のために時間を使ったり、バックボーンを深く知ったりすると、だんだん思い入れと思い込みが強くなって、逃がしちゃいけないと思って客観的な判断ができなくなってしまうものです。客観性を失うのは危険なこと。ですから、恣意性を排除することが重要であると考えています」。

GoAhead Venturesのメンバーは全員がスタンフォード大学卒で、スタンフォードの起業家やシリコンバレーインサイダーにはなりやすいと言えるだろう。しかし、業界を変えてしまうようなディスラプターは違う業界、常識的な判断の外から来ること、さらに飛び込みで来た起業家のほうが、成功確率は高いことを示すデータもあることから、テーマを絞らず門戸を広げた恣意性を徹底的に排除したこの投資フローにたどり着いたという。

ハンズオンはしない。役割は常に「伴走者」

さらに、GoAhead Venturesはハンズオンを積極的には行わないと言う。
投資先の経営に介入し、積極的に手助けするハンズオンはVCの重要な機能のひとつと考えられている。VCが経営のアドバイスやサポートを行うことで投資先企業の経営の質の向上や事業の成長を加速させると一般的には認識されているためだ。

「僕の意見を聞いてそれが当たるなら、投資で苦労していないですよ(笑)。僕が60年生きてきて身につけられたビジネスの知識なんてごくわずかなんだから、鵜呑みにするのは危険。起業家が100人いれば、100通りのやり方や成功があって当然なんですよ。VCに言われたからやったけど、やっぱり自分の思った通りだった、なんてことにならないように、最後の判断は自分ですることが何より大事だと思います」。

ただし、ハンズオンしないということは、起業家を放置することとは違う。
頼まれていないのに経営にアドバイスをしたり、相手の専門分野に意見を言ったりすることは決してしないということだ。

「取締役会に入ったからといって、その会社のことがすべてわかるわけではありません。むしろ建前しか見えないことのほうが多いでしょう。それよりも大事なのは、選んだ起業家と信頼しあえる関係を築くこと。私たちは、孤独な存在になりやすい起業家の伴走者であるべきだと思っています」。

公明正大な投資フローを公表し、誰にでも開かれた入口を設けるGoAhead Ventures。正攻法とは逆を行くユニークなVCだと米大手メディアにも取り上げられている。

Tech Crunchに掲載された記事:
How this investor widens the net by refusing warm intros

大きなリターンをもたらすスタートアップを見極めることが重要とされる中、従来の常識を見つめ直し、独自の投資哲学を築いたGoAhead Ventures。わずかな可能性を大きな成功につなげるメソッドは、イノベーションを起こす道を探る多くの人のヒントになるはずだ。

PEAKSMEDIA編集チーム

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