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技術シーズ×ESGがブレイクスルーの鍵。「ディープテック」で日本のミッシングピースを埋める

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「失われた30年」といわれる日本経済の長期停滞の要因として、技術革新の遅れを挙げる声は多い。しかし、本当にそうだろうか?

かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を彷彿とさせる極めて高度な技術は、この30年の間にも数多く生み出されてきた。日本に足りなかったのは、潜在ニーズと技術シーズを結びつける力と、ストーリーで投資家の心を動かすマーケティング力だと、Abies Ventures株式会社の長野草太さんは言う。

日本のミッシングピースを探して、ディープテック・スタートアップにフォーカスしたビジネス支援を行うAbies Ventures株式会社でジェネラルパートナーを務める長野さんに、世界のディープテックの趨勢と、これからの日本企業の戦い方について話を聞いた。

プロフィール

Abies Ventures株式会社 長野草太さん

アメリカの高校、大学で学び、外資系銀行に就職。ファンドを経て、京都大学発のEVメーカー「GLM」へ。日本国内の技術と、国内外投資家の資金、アジアや欧州のマーケットの3つを組み合わせ、ユニコーンベンチャーの創設を牽引した。現在は、Abies Ventures株式会社のジェネラルパートナーとして、ディープテック領域における有望なベンチャー企業の成長を支援する。

ディープテック領域でユニコーンを育成した、グローバル・マクロの視点とストーリーの重要性

長野さんがジェネラルパートナーを務めるAbies Ventures株式会社は、グローバルで戦えるユニコーン企業育成を目指し、ディープテック・スタートアップにビジネス支援や出資を行っている。チームを組むのはメガベンチャー創業者や、国内外メガベンチャー投資経験者、国内外ブルーチップ企業のマネジメント経験者など。ユニコーンに初期から投資してきた「投資家」であるだけでなく、「事業家」であることに大きな特徴がある。

長野さんも、京都大学発のEVベンチャーであるGLM株式会社で大規模な資金調達を成功させ、日本国内の技術と国外投資家の資金、アジアや欧州のマーケットの3つを組み合わせて、ユニコーンベンチャーの創設を牽引した実績を持つ。イタリアの大学院時代に感銘を受けた高付加価値のものづくりを通して、グローバル・マクロの視点や思考の原点を養ったと振り返る。

「高校、大学とアメリカで学び、幼いころから好きだったイタリア車の世界に少しでも近づきたいと考えイタリアの大学院に進学、その後20歳でグローバル金融の世界に飛び込みました。イタリアは技術の高さとものづくりに対する思いの強さを商品の価値として市場に伝え、高利益でサステナブルなビジネスにつなげていくマーケティングが非常にうまいんです」

イタリアには、職人が代々受け継いできた高い技術や、その技術によって生み出されるものを表す「crafts(クラフツ)」という単語がある。クラフツには手作業で作られる繊細なものを表すイメージがあるが、実際の現場では量産に向けたデジタル化が進んでおり、アナログとデジタルが混沌とする独特な環境だったという。例えば、ベースモデル開発はデジタルツインで行っている一方、エンジンは砂型で作り、できあがったエンジンをロボットアームが運んでいる…といった具合だ。

「イタリアが非常に巧みだったのは、その極端さをビジネスにつなげるマーケティングです。技術力の高さとものづくりへの思いの強さを、高付加価値なビジネスストーリーとして言語化し、高利益でサステナブルなビジネスにつなげていました。だから、しっかりスケールできる。しかし、日本は高い技術力がありながら、海外にうまく伝えられていません。そこはイタリアから学ぶべきところだと感じました」

技術やプロダクトではなく、エクイティストーリーの紡ぎ方次第で会社の運命が決まってしまう。マクロを無視して実業界では何もできないという気づきを得て長野さんは金融の世界へ。


「金融業界では、市場の動向を読み、クライアント様の戦略やコストに合わせた資金調達に落とし込むといったことを行っていました。スープラナショナルといわれるようなクライアント様の資金調達をお手伝いさせていただいたり、マクロ・ダイナミックスを勉強したりといった経験もさせてもらいましたね」

その後、2013年には、旧知の友人の声がけに応じて京大発EVスタートアップGLM株式会社(以下GLM)に、スタートアップの生命線ともいえる資金調達・海外事業の責任者として参画。マクロの視点からはEV化への流れを確信していたことと、コミッションビジネスではなく作る側にシフトしたいという気持ちが後押しした。

「幼いころからメカや車が好きで、作り手へのリスペクトは人一倍強かったんです。結局のところ、偉いのは作る人だという思いがずっとありました。ただ、自動車づくりには圧倒的な資金力が必要ですから、生半可には取り組めません。一方で、そういう領域だからこそ、私がこれまで学んできたことが活かせるとも思いました。多少リスクをとってでも、これまで学んだことを作り手と共有して新しいものを作りたい。そう決意して、GLM飛び込んだんです」

長野さんは早速国内で資金調達を試みたが、当時日本ではあるステージ以上の投資家が見つからなかった。ディープテックは開発からイグジットまでの期間が長く、資金がかかる上に成功確率も高くないとして、日本の投資家はリスクマネーの投入に消極的だった。一方、海外にはESGへの対応が企業の売上を左右するという共通認識が早くからあり、根深い社会課題を解決し得るディープテックへの期待感はすでに高まっていた。

「EV化に際して、日本の技術サプライヤーや大学による技術の基盤はできつつありました。しかし、日本特有の環境もあって、マーケットは海外だろうと考えていたんです。また、マクロトレンドを理解して大規模な資金を投下できる投資家も海外にいます。技術と顧客、投資家それぞれの要素に分けて活動するようにしました」

中でも、長野さんが注目したのは、国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)を控えていたサウジアラビアだ。サウジアラビアはVISION2030を打ち出しており、脱炭素やエネルギー安全保障への興味関心が高いとの仮説を立て、日本の技術力の啓蒙に着手。「水よりもオイルが安い国で、なぜEVの資金調達をするのか」と疑問をぶつける人もいたが、結果は長野さんの読み通り。最終的にサウジアラビアの政府系ファンドや香港財閥からの出資が決まり、GLMは時価総額1,500億円規模のユニコーンとなった。

パリモーターショーに参加した長野さんの様子(2016年)photo by DRIVETRHU®

ディープテックは、資本市場が求めるストーリーを展開できる

GLMを成長させた長野さんが、今なぜディープテックという領域を選んだのか。

「世界的な人口増加と経済的発展による天文学的エネルギー消費量の増加など、今地球規模で取り組むべき緊急課題はITだけでは解決できない深刻な問題です。例えば、シンプルに考えて、携帯のアプリでは減らせないCO2をサイエンスとエンジニアリングなら減らすことができる。

ベンチマークがあって予見可能性の高いSaaS領域からディープテック領域へと世界の関心が移りつつあるのは、ライフサイクル全体を通じた取組みがダイレクトに業績に影響するからでしょう。環境問題に対して各企業の示すソリューションが運命を左右する、それくらいの切迫感があるわけです」

世界のディープテック企業への投資額は、2021年に前年比26%増の1,270億ドルに到達し、過去10年で10倍に急増している。背景には、ディープテックの潜在的なリターンの大きさに注目する投資家の増加、既存の産業や社会課題の解決を目指す各国政府の支援の活発化がある。

日本でも、技術の実用化に向けた研究開発や量産化実証、海外技術実証などを支援する経済産業省の「ディープテック・スタートアップ支援事業」などの後押しにより、スタートアップの時価総額の上位にはディープテック企業が名を連ねるようになった。海外の投資家が日本のディープテック領域のスタートアップに投資する例も増えている。

ディープテック投資は2016から20年にかけて4倍以上に。金額ベースで67兆円超える。

■国内スタートアップ評価額ランキング

順位社名事業内容想定時価総額
(億円)
1Preferred Networks機械学習・深層学習等最先端技術の実用化3,539
2ADVASA福利厚生ペイメントサービス「FUKUPU」2,301
3GVECBDC(中央銀行発行デジタル通貨)プラットフォームの開発2,245
4スマートニューススマートデバイスに特化したニュースアプリ「SmartNews」2,004
5SmartHRクラウド人事労務ソフト「SmartHR」など1,732
6TRIPLE-1半導体のシステム「KAMIKAZE」の開発1,650
7スリーダムアライアンス革新的なセパレータ(絶縁体)技術を核とした次世代電池の開発1,522
8クリーンプラネット凝縮系核反応を用いた新水素エネルギーの実用化研究1,457
9Spiber人工合成クモ糸「QMONOS」1,457
10TBM紙やプラスチックの代替となる新素材「LIMEX」1,339
11Mobility Technologiesタクシー配車アプリ「GO」など1,244
12アストロスケールHDスペース・デブリの除去技術の開発1,161
13HIROTSUバイオサイエンス線虫および線虫嗅覚がん検査「N-NOSE」の開発・販売1,042
14STORESEC構築を支援するプラットフォーム「STORES」など942
15LegalOn TechnologiesAIを活用した契約書レビュー支援サービス「LegalForce」887
16ティアフォー「Autoware」を活用した自動運転システムの開発883
17アンドパッド施工管理・業務管理システム「アンドパッド」の開発852
18ispace月面探査プログラム「HAKUTO-R」など757
19五常・アンド・カンパニー貧困層向け小口融資のマイクロファイナンス事業689
20HIKKY世界最大のVRイベント「バーチャルマーケット」の運営649

国内スタートアップ想定時価総額ランキング。トップ20社の半数以上がディープテックを核とした企業で占められる(2023年1月4日時点) Abies Ventures資料より作成。

出典:STARTUP DB

  • 注1:2023年1月4日時点
  • 注2:登録簿に記載されている発行済みの顕在株、潜在株を元に算出
  • 注3:子会社、INCJ主導で設立した企業、上場予定企業は除く
  • 注4:米ドルでの調達の場合は、注1時点での為替レートにて算出

出所:STARTUP DBのデータをもとに、Abies Venturesが分類

AIなど新しい技術とサービスを組み合わせたような新分野では、欧米各国や中国・韓国の攻勢が非常に強く、相対的に日本のプレゼンスが下がっている。一方で、日本の製造業で培われてきた高付加価値でサービスに直結する技術は、スペックで勝負できる可能性が十分にあると長野さんは語る。

「日本ってディープテックの素地があるんです。21世紀に入ってからの自然科学分野におけるノーベル賞受賞者数は世界第2位で、企業のR&D投資額は世界第3位です。とりわけ、宇宙関連事業や環境関連事業は、日本に強みがあると思っています。そういう事実はあるんですが、それが海外に知られてないんです。

我々が始めた頃はそこを専門にされるファンドさんってあまりいらっしゃらなかった。大学や企業に眠っている優れた技術を事業化していくというエクイティストーリーをいかに資本市場につなげ、多くの人を共鳴させ、支援したいと思わせるか。イタリアのものづくりのように大きな物語を紡ぎ、わかりやすく示す必要があります。いわば、壮大な絵本作りですね。その支援こそ、私たちに今求められていることだと考えています」

日本の製造業の出口として、世界的なニーズであるESGに絡めたソリューションをパッケージ化することや、イタリアのクラフツのようにデジタルを活用してスケーリングさせることができれば、あらゆる領域に勝機が生まれる。日本の「失われた30年」を作ったミッシングピースである「研究や技術を市場ニーズに結び付けて事業化すること」「市場に向けて発信すること」の2つを埋めやすくなるはずだ。


日本の眠れる技術と、聞く人の心に「自分ごと」として響くビジョナリーなメッセージが結びついたときこそ、日本経済は長いトンネルから抜け出せるのかもしれない。

グローバルなプレイヤーとのつながりを強化し、日本のスタートアップに還元する

リソースが限られるスタートアップが、世界での競争に勝つには、何といってもスピードが重要だ。また、リスクマネーの投入に消極的だった投資家を巻き込む上で、未知の技術が想定より早く、しっかりイグジットされる成功体験の蓄積と共有は欠かせない。

「例えば、当社が投資している会社のひとつに、世界で5社しかないレーダー衛星を作っている会社があります。カメラで撮影する衛星だと天候が悪い日や夜間は撮影できないのですが、レーダーなら問題なく撮影できるだけでなく高さまでわかるんです。さらに、画像を渡すだけでなく解析まで行う付加価値を付けている。この技術を活用すれば、人力で行っている広大な面積の地盤沈下の計測も、衛星からセンチメートル単位で行うことができます」

投資対効果で勝負できる企業や、技術とサービスを組み合わせてUX重視のサービスを考案できる企業は成功する可能性が高いと長野さんは言う。

Abies Ventures株式会社では、投資する数年前から起業家との関係を築き、話し合いを重ねながら外部資金を調達するタイミングの認識を合わせていく。同時に、独自のネットワークを活かして組み立てた物語の市場性を見極め、確信をもってアクセルを踏み切れる状態を待ってスケールすることで、世間の認識を覆すスピードでの実用化・収益化を実現している。

「スタートアップが立てた仮説の実現可能性は、さまざまな領域で世界を動かすプレイヤーに意見を仰ぐことで早期に判断できます。買ってくれそうなプレイヤーの目星がすぐに付けば、ピンポイントでより精度の高い支援をすることもできるでしょう。必要なときに必要なプレイヤーに出てきてもらうために、わらしべ長者のように人から人へと関係性を広げ、広げた関係性を一つひとつ深めていくことも我々の重要な仕事です。スタートアップの二次曲線的な成長に少しでも貢献できるように、マーケットメイクできる力を持ったプレイヤーとの縁を結ぶ、草の根的な活動を続けていきたいですね」

日本の最終製品の品質は、世界も一目置くところだ。しかし、品質を武器に競争力を確保する従来のやり方では、日本経済の黄金期の記憶をなぞるだけで終わってしまう。時代の波を捉えた物語づくりで、もう一度「ジャパン・アズ・ナンバーワン」へ――。長野さんの挑戦は続いていく。

engawa KYOTO
https://engawakyoto.com/

人・アイデア・事業構想など、さまざまな“縁”をつなぎ、イノベーションを実現する事業共創拠点。本取材はAbies Venturesが京都オフィスを置くengawa KYOTOにて取材撮影した。

PEAKSMEDIA編集チーム

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