
ISE Technical Conference
日本IBMグループの技術者集団ISEが主催する技術カンファレンス。AIやクラウド、インフラ、アプリケーション開発など最先端の技術テーマを取り上げ、技術セッションや体験型デモを通じて最新動向や実践事例を発信している。技術者、企業、パートナーが知見を共有し、新たな共創機会を生み出す場として開催されている。
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「人型である必要は本当にあるのか」
2日目午前の基調講演に登壇したのは、ロボットアームや4足歩行ロボット、ヒューマノイドロボットを扱うTechShare(テックシェア)代表取締役の重光貴明氏である。同社は中国Unitreeの日本総代理店として研究開発用ロボットの輸入販売と2次開発を手がけており、その経験からヒューマノイド開発の最前線を語った。
重光氏が出発点に置いたのは、ヒューマノイドロボットを「超多軸ロボット」として捉え直す視点だった。4本の脚にそれぞれ3つの関節を持つ4足歩行ロボットに対し、ヒューマノイドは胴体と両手で数十もの関節を同時に制御する。関節が増えると、どこをどう動かすかを人間が設計しきれなくなり、AIによる学習ベースの開発が欠かせない領域に入る。

開発手法は大きく二系統に整理されつつある。歩行のような動きは、仮想空間で多数のロボットを並行して動かす深層強化学習で獲得させる。手を使う作業は、人間がVRゴーグルやモーションキャプチャーで遠隔操作したデータをもとに、模倣学習で動作を生成させる。NVIDIAが提供する開発基盤など、これを後押しする環境も整いつつある。
ただし社会実装の壁は高い。完成品のヒューマノイドはまだ実質的な市販に至らず、出荷が進むのは研究開発・教育用に振り切ったモデルが中心である。ハンドの自由度やセンシング、耐久性、バッテリー駆動時間、導入コストなど、現場で使うために越えるべき課題は多い。重光氏は「工場で働く手が人間と同じ形である必要が本当にあるのか」という問いも投げかけ、用途を見極める必要性を強調した。

「できるか」から「どう使うか」へ
業界全体の見取り図を示した基調講演に対し、それを実装する側の方法論を語ったのが、ISE Robotics Edge Lab.の余正楠氏によるセッション「ロボット活用の最新動向とユースケース」である。
余氏はまず、ロボット活用が「できるかどうか」から「どう活用するか」のフェーズへ移ったと整理した。製造、物流、インフラ、サービスの4分野で、検査や搬送、設備点検、警備巡回といった導入事例が積み上がっている。
そのうえで、ロボットを現場に届ける際の設計要素を体系立てて示した。一般的なシステム要件に加え、物理環境、安全性、法規制、運用という4つの要件を最初から定義する。機能はエッジ側のロボットとクラウドに分け、安全制御は通信が切れても動くようロボット側に残す。導入前にはシミュレーションで危険な状況や多様な条件を検証し、障害が起きたときの復旧手順をレベル別に用意しておく。検証は制御された環境から実環境へ3段階で進める。中部国際空港での実証実験では、砂利道や段差への対応、航空法規制下での地上移動、人との共存が課題になったと紹介した。

60のデモを貫いた「つなぐ」設計
Showroomに並んだ約60のデモは、個別の技術を見せるだけの場ではなかった。AIやロボットを業務工程や既存システム、現場の人とどうつなぐかという設計が、どのブースにも通底していた。編集部として印象的だったデモをいくつか紹介する。

「実践Physical AI ロボット×デジタルツイン×エージェント」(リーダー:山口崇氏)は、千葉・幕張に設置されたロボットアーム「UR5」とシミュレーター「NVIDIA Isaac Sim」を、IBM Cloud上のAIエージェント型ワークフロー「LangFlow」で接続する遠隔デモである。
導入前のシミュレーション検証から実機への展開、デジタルツインによる遠隔監視までを一連の流れとして可視化。ロボット導入時に課題となる「検証」と「運用」を分断せずにつなぐことで、フィジカルAIの実装イメージを具体的に示していた。

「自律移動ロボット×AI」(リーダー:橋本裕樹氏)は、自然言語による指示でロボットを動かすフィジカル AIの活用例だ。
例えば「倉庫で物品XとYを探してきて」と入力すると、AIエージェントがタスクを分解し、自律移動ロボットが現場を巡回。カメラ映像をVLM(Vision Language Model)が解析し、対象物の探索や状態確認を行う。
従来はエンジニアによるティーチングが必要だったロボット運用を、現場担当者が自然言語で直接指示できる点が特徴だ。製造現場やインフラ施設における巡回点検、設備確認、人手不足への対応など幅広い用途が想定されている。

設備保全領域では、「Zabbix連携とAIエージェントで加速する監視・運用自動化」が紹介された。
監視ツール「Zabbix」のアラート情報やIoT機器の稼働データをもとに、AIエージェントが異常検知からナレッジ検索、手順生成、チケット更新までを自律的に実行する。監視だけでなく、判断や対応プロセスまで含めた運用自動化を目指しており、設備保全業務の属人化解消や対応時間短縮への可能性を感じさせた。

技術そのものだけでなく、人材育成に踏み込んだ展示もあった。
「現場視点で課題を解く ISE共創型DX人材育成」は、ホンダ電子電装品質部会と共同で進めた取り組みである。約半年間にわたり、AI体験やデザインシンキング、MVP開発を組み合わせながら、「現場でAIを使い改善できる人材」と「実際に動くソリューション」を同時に育成する。
生成AI活用が広がる一方で、多くの企業では研修やPoCが単発で終わり、現場変革につながらない課題を抱えている。同プログラムは学習と実装、業務改善を一体で進めることで、継続的な変革を担う人材の育成を目指している。

製造業がグローバル市場で事業を展開するうえで避けて通れないのが法規制対応である。その実務負荷の軽減と迅速な意思決定を支援するソリューションとして紹介されたのが、「生成AIによる法規制対応業務の効率化」だ。
国や地域、製品ごとに異なる法規情報をクローラーやRSSで自動収集し、生成AIが法規内容の分析や影響範囲の特定を行う。さらに製品情報と照合することで、どの国・地域・製品に影響が及ぶのかを可視化し、法務、開発、調達、経営層が同じ情報を共有しながら判断できる環境を目指している。
人が法改正情報を探し回るのではなく、「法規の気象レーダー」のように変化を自動検知し、対応優先度まで整理する発想は、複雑化するグローバル規制への新たなアプローチとして興味深かった。

日本IBMが開発し、セガXDが監修したゲーム感覚で生成AIを学べる研修プログラム「バトルワーカーズ」の体験会(ハンズオン)も、ISE Technical Conferenceらしい遊び心を感じさせる展示だった。
参加者は自身の業務内容を入力し、それをもとに生成されたカードを使って対戦する。カード作成を通じてプロンプト作成のコツや生成AI活用のポイントを学べるほか、ハルシネーションやAIの忖度への対策、プロンプト・インジェクションや著作権への理解も深められる。全社的なAIリテラシー向上が求められるなか、楽しみながら学べるアプローチとして来場者の関心を集めていた。

未来志向の展示として注目を集めたのが、生成AIと数理最適化、量子計算を組み合わせた「QuantumFold Lab」だ。
創薬や素材開発で直面する「組み合わせ爆発」を題材に、膨大な候補の中から有望な組み合わせを効率的に探索する手法を紹介。生成AIによる仮説生成、数理最適化による絞り込み、量子変分法(VQE)による探索を組み合わせることで、従来の試行錯誤では到達しにくい解を見つけるアプローチを示した。
創薬や素材開発だけでなく、製品設計、配合・レシピ設計、生産計画や物流最適化など、製造業における幅広い組み合わせ最適化への応用が期待される。
約60のデモを通じて見えてきたのは、ISEが追求するのが個々のAI技術の先進性ではなく、それらを現場や業務、人とどうつなぐかという視点だった。
Physical AIから設備保全、法規制対応、人材育成までテーマは多岐にわたる。しかし、その根底にはAIを実際の業務の中で機能させるための設計思想が一貫して流れていた。生成AIブームから1年。企業の関心は「AIで何ができるか」から「AIをどう現場に定着させるか」へ移りつつある。今回のISE Technical Conferenceは、その変化を象徴する場だった。
技術単体ではなく、それを現場につなぐ設計と人。その一貫したまなざしはどこから生まれているのか。後半では、カンファレンスを率いた主催者の言葉から探る。

知られざる技術者を、表舞台へ
取材は会期2日目の26日、虎ノ門の会場で行った。まず話を聞いたのは、実行委員長を務めた堀米克氏である。
今年のテーマ「Link Platform 〜集い、繋がり、育む場へ〜」の出発点を、堀米氏はこう語る。「ISEの人を、もっと多くの方に知っていただきたい。その思いから、人と人とのつながりにテーマの焦点を当てました」約40のセッションと約60のデモを抱えながら、社内にはまだ知られていない技術者がいた。「本当に知っていただきたいISEの技術者を、まだうまく伝えきれていなかった。技術力や知見はもちろん、提案力や人間力まで知ってほしかったのです」
コンテンツづくりにも、前年からの変化があった。代表取締役社長の内藤拓也氏は、生成AIに沸いた前年の「フェス」を振り返る。「昨年は似たようなデモが並んだ面もありました。今年はチームの垣根を越えて事前にデモを見せ合い、全体で緩やかにストーリーをつなぐコンテンツづくりを心がけました」重複を避けながら一貫性を持たせる意図が、会場全体の流れに表れていた。
運営そのものにも、AIの現場活用が及んでいた。来場者が使うカンファレンスアプリの機能強化やセッションの企画には、ISEのエンジニアがAI駆動開発を取り入れている。堀米氏は手応えを口にする。「自分たちが扱う技術を自分たちで使い倒し、ためた知見をそのままカンファレンスのコンテンツに還元する。それが運営をスムーズにした一因です」
内藤氏も、3年目で会場運営に慣れ、社員がコンテンツやセッションそのものに集中できるようになったと振り返る。
ロボティクスとフィジカルAIを前面に出した背景をマネージャーの岩﨑真悟氏が明かす。「私の部門は、もともとエッジコンピューティングやIoTから始まりました。そこにロボットが出てきて、エッジではなくロボティクスを冠に掲げた。世の中でもロボティクスとフィジカルAIはセットで語られます。あえて前面に出しました」
背景には、メンバーの熱量もある。「うちの部には、こうした技術が好きなメンバーが集まっています」と岩﨑氏は言う。ロボットが人のハーフマラソンの記録に迫った話や、Unitreeのロボットが前年は踊るだけで精一杯だったのに今年はバク宙まで見せるようになった変化を、メンバーは感度高く追っている。
一方で、現状認識は冷静だ。「ロボットを使った実証実験は手がけていますが、フィジカルAIで顧客のビジネスに貢献する案件は、まだそれほど多くありません。盛り上がってはいるが、これからです」(岩﨑氏)
基調講演で重光氏が示した社会実装の壁と、現場を預かるISEの肌感覚は重なっていた。


持たないからこそ、選べる
ここで素朴な疑問が浮かぶ。ロボットを自社で持たないIBMが、なぜロボティクスに踏み込むのか。岩﨑氏の答えは明快だ。「IBMはロボットを持っていません。ですが少子高齢化が進む日本で、ロボットは確実に必要になる。このマーケットを、ISEとして取りに行きたいのです」むしろ持たないことを、強みと捉え直す。「ロボットを持たないからこそ、いろいろなものを選べる。お客様に合ったロボットを提案し、コンサルティングのように関わりながら、デモ開発から本番化まで進められます」
支えるのはプラットフォームだ。IBM Cloudや、リアルタイムのデータ連携を担う基盤を通じて、ロボットそのものを作らずとも、動かす土台を提供する。「AIエージェントを起点にロボットを動かす。上流から案件を取り、外部のベンダーと手を組んで進めます」と、岩﨑氏は構想を描く。
この姿勢はAI全体の戦略とも重なる。内藤氏は語る。「AIについて、IBMの戦略はむしろオープンに向かっています。一社の強力なLLMを自前で抱えるのではなく、公開されたLLMを選べるプラットフォームを提供し、これまで培ったガバナンスやセキュリティのノウハウを別の形で実装していきます」持たないから選べるという思想が、ロボットにもAIにも一貫していた。
この戦略を現場で体現するのが、顧客との共創である。マネージャーの綿谷暁文氏は、今年のテーマを自分なりに読み替えた。「『Link Platform』を、私は『共創』と理解して取り組みました」
前年に続くホンダとの取り組みに加え、今年はZabbix社と共同開発したソリューション出展、ISEメンバーと顧客が一緒に登壇するセッションにも踏み込んだ。
狙いは、ISEの見え方を変えることにある。「ISEのエンジニアは、後方で技術を支えるイメージを持たれがちです。ですが、お客様と直接コミュニケーションをとりながらビジネスを推進することができるメンバーもいる。その点を社内外に知ってほしかった」(綿谷氏)
自社で実績を語るより、顧客自身に語ってもらうことでよりISEの価値を訴求できる。「自分たちでいくらでも実績は語れます。けれど、お客様に語っていただくと、説得力が増すのです」
こうした共創を成り立たせているのは、組織の幅広さである。社員はおよそ500人、約30の部門のうち9割がIBMの製品や技術ごとに分かれ、残る1割が特定業界をターゲットにビジネスを推進している。「これだけ幅広い技術領域を持つ会社は多くありません。共創を進めるなかで話が横へ広がっても、それを受け止められる部門がどこかにある。その幅広さが、いい受け皿になっています」と内藤氏は見る。特定技術領域の専門家が必要な時は、部門を超えて支援を受けるなど、枠を超えた連携も日常的に起きる。
企業文化の変化も、一朝一夕のものではない。「もともとISEは、IBM製品の技術支援を中心に行う技術集団でした。そこに、新しい技術・ソリューションに挑戦しようというメンバーが現れた」と内藤氏は振り返る。
当初は「文化祭じゃあるまいし」と構える先輩もいたが、新しい技術への探求心が強く、変化を楽しめる技術者たちが10年をかけて挑戦の文化を根付かせた。
「ものづくりや新しい挑戦は、失敗しても楽しい。その技術者の心が広がってきました」(綿谷氏)前半で触れた「設計と人」のまなざしは、この歩みの延長線上にある。
世代をまたぐつながりも生まれていた。ブースには40代50代と20代が同じチームで立つ姿が目立った。意図して組んだわけではないものの、ベテランから若手へ技術が受け継がれる場になっていると堀米氏は見る。


フィジカルAIは「その先」にある
最後に、ここからの1年を尋ねた。内藤氏が確度の高い領域として挙げたのは、開発や運用、システム部門でAIを使う「AI for IT」だ。「開発や運用、システム部門がAIを使う領域は、すでに成功が見えています。事例はこれから増えていく」フィジカルAIが本格化するのは、その先になる。両者の認識は一致していた。
岩﨑氏は、案件で得た成果を汎用化してShowroomへ展開する循環を、ISEのコンテンツの核と位置づける。「生成AIや画像認識の案件に入っていても、最終的にはロボットに適用できます。ロボットには必ずカメラがついている。いまやっていることが、将来ロボットにつながると意識してもらっています」
NVIDIAのシミュレーション環境に触れるよう社内に促し、スタートアップや大学との連携も視野に入れる。今回の基調講演にTechShareを招いたのもその一環であり、つくばチャレンジのようなロボットコミュニティにも足を運ぶ考えだ。
内藤氏には手応えもある。「AIエージェントが、これほど急速に普及するとは思っていませんでした。メタバースのように期待が先行した一方で実用化に時間がかかっている技術もあるなかで、これはスマートフォンやドローンに匹敵する形で、きちんと根づいていきそうです」
セッション時間を40分に短くした今年は、技術者同士が短く濃く語り合う場面が増えた。動画の倍速視聴や要約が当たり前になった時代に、対面で交わす会話の価値が、かえって際立っていた。
フィジカルAIを単独の企業だけで動かすのは、まだ難しい。だからこそ、現場と技術、既存システムをつなぐパートナーを早く見つけることが、製造業のDX推進にとって次の一手になる。「集い、繋がり、育む」という今年のテーマは、その入り口を示していた。


