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光遺伝学(オプトジェネティクス)とは?実現できることや治療できる可能性のある病気も

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光遺伝学(オプトジェネティクス)は、特定の細胞活動を光で制御する革新的な技術です。脳神経科学の分野で注目されており、第一人者であるカール・ダイセロス博士はノーベル賞候補ともいわれています。

本記事では、光遺伝学の基本や、脳に光を当てて手を動かす実験の成功例、さらにこの技術によって治療できる可能性が期待される病気について詳しく解説します。

光遺伝学(オプトジェネティクス)とは

光遺伝学(オプトジェネティクス)とは、光に反応するタンパク質を活性化することによって、神経細胞の活動を調節する技術です。この革新的な手法では、特定の波長の光を照射することで、神経細胞の活動を正確にコントロールすることが可能です。

代表的な光活性化タンパク質には、チャネルロドプシン2とハロロドプシンがあります。チャネルロドプシン2は青色光を受けると陽イオンを細胞内へ流入させ、神経細胞の活動を増加させます。

一方、ハロロドプシンは橙色光に反応して細胞を抑制します。これらのタンパク質を用いることで、ミリ秒単位という極めて精密な時間制御で神経活動を操作することができるのです。

第一人者のカール・ダイセロス博士はノーベル賞候補

光遺伝学の分野を確立したカール・ダイセロス博士は、その革新的な研究成果により、世界的な注目を集めています。スタンフォード大学教授であり、ハワード・ヒューズ医学研究所の研究員も務める彼の功績は、神経科学に大きな変革をもたらしました。

博士は2018年に第34回京都賞先端技術部門を受賞し、さらに2021年にはアルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞しています。2023年にはJapan Prize(日本国際賞)を受賞するなど、その功績は世界的に高く評価されています。これらの受賞歴から、これまでもノーベル賞の有力候補として注目されてきました。

光遺伝学で実現できること

光遺伝学を用いることで、生きた動物の特定の神経細胞の活動を自在に制御することが可能になります。遺伝子操作により光感受性タンパク質を神経細胞に導入し、光を照射することで、その細胞の活動を興奮させたり抑制したりすることができるのです。

この技術の最大の特徴は、従来の薬物投与や電気刺激と比べて、格段に高い精度で神経活動を操作できる点です。

電気刺激では刺激を与えた周囲のすべての細胞が活性化されてしまいますが、光遺伝学では特定の神経細胞群だけを選択的に制御することが可能です。また、薬物投与と異なり、光のオン・オフで瞬時に活動を切り替えることができるのです。

サルの脳に光を当てて手を動かすことに成功

これまで光遺伝学は、主にマウスなどの齧歯類を用いた研究で活用されてきました。しかし2020年、自然科学研究機構生理学研究所と東北大学の研究チームが、ヒトに近い霊長類であるニホンザルでの実験に世界で初めて成功しました。

研究チームはまず、チャネルロドプシンを神経細胞に効率よく発現させるため、サルに最適なウイルスベクター(ウイルスが持つ病原性関連の遺伝子を取り除いて、外来の目的遺伝子を組み込んだもの)を投与しました。

その結果、手の運動に関与する領域周辺の神経細胞にチャネルロドプシンを発現させることができ、そこに青色レーザー光を照射したところ、目で見てわかる明確な手の運動を引き起こすことに成功したのです。

この成果は、将来的に光による脳深部刺激療法など、ヒトの疾患治療への応用につながる可能性を示しています。

光遺伝学の応用で治療できる可能性のある病気

光遺伝学は、神経系の疾患に対する新しい治療法として大きな期待が寄せられています。特に、てんかん、網膜色素変性症、パーキンソン病などの治療への応用研究が進められており、従来の治療法では難しかった症状の改善に光明をもたらす可能性があるのです。

てんかん

てんかんは、脳内の多数の神経細胞が過剰に同期して発火することで、発作を繰り返す神経疾患です。この病気に対する光遺伝学的アプローチとして、発作時に特定の神経細胞の活動を光で制御する手法が研究されています。

東北大学の研究グループは、チャネルロドプシンを用いた光遺伝学的手法により、てんかん発作モデルの開発に成功しました。この技術により、てんかんの発生メカニズムの解明や、新しい治療法の開発につながることが期待されています。

網膜色素変性症

網膜色素変性症は、網膜の視細胞が徐々に失われていく遺伝性の難病で、最初は暗いところで物が見えにくくなったり、視野が狭くなったりして、病気の進行とともに徐々に視力が低下していきます。

慶應義塾大学の研究グループは、キメラロドプシンを用いた視覚再生遺伝子治療法の開発に成功しました。この新しい治療法は、従来の手法よりも弱い刺激でも反応が見られ、夜道程度の明るさでも反応が確認されました。さらに、網膜変性の進行を抑制する効果も確認されています。

パーキンソン病

パーキンソン病は、脳でドーパミンを放出するための神経細胞が減少したり変化したりすることで、手足の震えなどが起こる病気です。従来の治療法では、失われたドーパミン神経の機能を完全に補うことは困難でした。

しかし、光遺伝学を用いた研究により、特定の神経回路を光で刺激することで症状を改善できる可能性が示されています。

まとめ

光遺伝学は、神経疾患の治療に革新をもたらす先端技術です。時間的にも、空間的にも、高い精度で神経活動を制御できるという特徴を活かし、従来の治療法では困難だった症状の改善が期待されています。

この技術は、てんかんやパーキンソン病など、これまで有効な治療法が限られていた神経疾患に対して、新たな治療法を提供できる可能性があります。光遺伝学の発展により、より多くの患者の生活の質を向上させ、神経疾患治療の新時代を切り開くことが期待されているのです。

PEAKSMEDIA編集チーム

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