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プロフィール

オムロン株式会社
インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー 商品事業本部 新ドメイン事業開発センタ 主査 プロジェクトリーダ
岡田 康孝氏
ファクトリーオートメーション(FA)向けの商品開発からキャリアをスタートし、オムロン全社でのオープンイノベーション推進を経て、新規事業開発に従事。現在は農業オートメーション事業のプロジェクトリーダとして、一次産業における人手不足や生産性向上といった社会課題の解決につながる事業創出を推進するほか、社内外のパートナーとの共創を通じた新たな価値創出にも取り組む。プライベートでは大日本猟友会に所属。
FAで培った「工場の目」を、農園全体の可視化に応用へ
農業の人手不足という課題に、オムロンのFA技術をどう生かすのか。実際、自動化を考えるなかで顧客に何が欲しいかを尋ねると、返ってくる答えは収穫ロボットだった。
それでもオムロンはモニタリングを一歩目に選ぶ。新ドメイン事業開発センタでプロジェクトリーダを務める岡田康孝氏は、大学のロボット研究室で自動運転や自己位置推定に取り組み、入社後はFAのサーボドライバ開発を担ってきた。ロボットの実力を内側から知る立場である。
「ロボットに詳しいからこそ、そこはマッチングしないという確信を持っていました。技術的にできないわけではありません。ただ、今の実力値とコストでは、収穫ロボットが事業として成立するまでに時間がかかりすぎる」
重視したのは、技術的に実現できるかどうかではなく、今、顧客が使え、価値を実感できるかどうかだった。
栽培のプロセスや困りごとを現場で聞いていくと、見えてきたのは「そもそも農園全体の状態を把握できていない」という課題だった。広大な農園では、どこにどれだけ花や実がついているのかを、人の目だけですべて捉えることは難しい。そこで、自社のセンシング技術を生かせると考えたのがモニタリングだった。
オムロンは農業の自動化を、モニタリング、ナビゲーション、オートメーションという三つの段階で捉えている。まず現状を把握し、次に作業を導き、最後に作業そのものを自動化する。岡田氏はその一段目を「目を極める」と表現する。人の目利きを機械で再現するという意味ではない。広大な農地に何がどれだけあるのかを、もれなくデータとして捉えるということだ。
こうして農園全体の状態を把握することは、それ自体が現場の課題解決につながる。一方で、岡田氏はモニタリングをゴールとは考えていない。
「農園を走り回る目を先に作っておけば、その先の農薬散布にも、収穫の自動化にも必ずつながります」

点での予測から、面でのデータ解析へ
モニタリングによって、実際の農業現場にどんな価値を生み出せるのか。
その検証の舞台となったのが、熊本県のキウイ農園だ。オムロンは2023年から2年間、約3.4ヘクタールの農地で実証を行ってきた。甲子園球場ほどの広さを、わずか3人で管理している。実る果実は約100万個。さらに、売り物になる大きさに育てるため、その手前で間引くつぼみや花まで含めると、対象は400万から600万個に及ぶ。人が数え切れる量ではない。
従来は一部の区画だけを人が数え、結果を全体に当てはめて予測してきた。しかし区画ごとに生育が同じとは限らず、予測は外れる。誤差は3割に達することもあった。今年いくつ穫れるかが分からなければ、売上も、投じるべき人件費も見積もれない。
オムロンは、複数のカメラを積んだセンシングロボットに農園全体を半日ほどかけて走らせ、画像をAIで分析する仕組みを作った。太陽光などの外乱があっても、日中と夜間の双方で高い精度でつぼみや実を捉える。選果場で1個ずつ数えた実数と照合し、精度97%以上を確認している。
変わったのは精度だけではない。見ている範囲そのものが違う。人が数えていたとき、実際に確認できていたのは農園を区切った30区画にすぎず、残りはそこからの推定だった。センシングロボットは同じ農園を4135区画に分けて記録する。数カ所の点検が、ほぼ全面の把握に変わった。岡田氏はその変化を、フロントガラスに三つだけ開いた穴から外を見て運転していた状態が、全面見渡せるようになったのだと表現する。

では、人工衛星やドローンによるリモートセンシングではなく、なぜ地上から見る必要があるのか。上空から広範囲の農地を可視化する技術は、すでに実用化されている。しかし、キウイのような作物では、栽培方法そのものが壁になる。「上空から見ると、葉が茂っていて緑しか見えません。実はその下になっているので、下から見ないと分からないんです」
キウイのほか、ぶどうやさくらんぼなど、葉の下に実がなるため、上空からでは果実を捉えにくい作物がある。こうした作物では、地上を走行しながら果実を捉えるセンシングロボットの強みが生きる。

現状が見えると、現場の作業も変わる。分かりやすいのが摘果の管理だ。大きく品質のよい実を育てるために、実りすぎた果実を収穫前に間引く作業を指す。広大な農園では、作業がどこまで進んだのかを把握すること自体が難しい。
どこに作業が必要なのかを把握できれば、確認の負担を減らし、必要な場所に人を向けられる。摘果を適切にやり切ることは、その後の収量や品質にもつながる。
もっとも、花や果実を数え、収穫量の予測精度を高めようとする試み自体は以前からあった。ある流通事業者では、農家ごとに異なる収穫量をより正確に予測するため、提携する農園に人を送り、実際に花や果実を数える取り組みを長年続けていたという。しかし、広大な農園を人手で数え続けるには、費用も人員も時間もかかる。取り組みを継続していくことは難しかった。
岡田氏は、その背景には「誰のためのデータだったのか」という点もあったのではないかと考えている。
「その取り組みは、現場のためではなく、川下で流通を担う側のためにデータを取っていました。生産者にとっては、参考にはなっても、本当に欲しいものではなかったのだと思います」
だからこそ、岡田氏らは生産者自身にとって価値のあるところから始める。
「現場の一人ひとりの役に立つものが積み重なり、その結果として使われていく。この順序でなければ、社会実装は進まないと考えています」

本場ニュージーランドで、仮説を確かめる
日本で確かめた価値は、海外でも通用するのか。
次に向かったニュージーランドは、キウイの生産量で中国に次ぐ規模を持つ。1法人あたりの農地面積は日本の約80倍。農地が広いほど、農園全体を人の目で把握することは難しくなる。日本で見つけた課題は、ニュージーランドではさらに大きいのではないか。そんな仮説を立てた。一方で、これだけ大規模なキウイ産業が成立している国で、本当に日本と同じ課題を抱えているのか。岡田氏らは、仮説をそのまま前提にするのではなく、まず現地で確かめることから始めた。
現地でも、日本と同様に収穫量の把握には人によるカウントが行われていた。ただ、その精度は高い。訓練を積んだ担当者は、二人で数えれば「誤差はプラスマイナス20個の範囲に必ず収まる」と言い切ったという。
それでも、人の手で農園全体をくまなく数えることは難しい。実際にセンシングロボットで農園全体をスキャンすると、果実が多く付いている区画と少ない区画がまだらに存在するなど、場所によるばらつきがデータとして表れた。一部を高い精度で数えるだけでは捉えきれなかった農園全体の状態が見えるようになったことで、現地でもモニタリングの価値を感じてもらえたという。
農園全体を把握する価値は、生産者だけにとどまらない。現地では、正確な収穫量データを保険の損害査定に活用する可能性や、土壌水分や日照量などを扱う農業IoT企業との連携も見えてきた。2030年に国内外で3,000ヘクタールという目標に対し、第一歩は約10ヘクタール。現地での実証と関係づくりを重ねながら、事業を広げる準備を進めている。
「広げていくための道筋は、ひととおり揃った状態だと考えています。ここからが勝負です」

農家の14代目が、FA企業を選んだ
現場にこだわり、生産者の側に立つ。その判断はどこから来たのか。
岡田氏は大阪府の農家に生まれた14代目である。父も祖父も曽祖父も農業に携わり、自身もいずれ家業を継ぐものと考えていた。一方、農業を取り巻く環境の厳しさを知る父からは、「お前は別の道を選んだ方がいい」と言われていた。
転機は高校時代だった。農業は場所と時間に縛られるが、プログラミングなら場所を選ばず仕事ができる。それなら農業と両立できるのではないか。そう考えて情報系の大学へ進み、ロボット研究室で自動運転や自己位置推定を学んだ。
「農業は必ずロボティクス化される、と考えるようになりました。担い手は減り、作業の負担は増していく。その流れは間違いないと思ったのです」
就職活動では農業機械メーカーにも足を運んだ。しかし当時は、ロボティクスを農業に取り入れることに積極的な反応は得られなかった。そうしたなかで岡田氏が出会ったのが、技術を通じて社会課題の解決に取り組むオムロンだった。
入社後は、FA領域でサーボドライバの開発を担当した。技術者として経験を積み、5年後に社内異動で新規事業の企画部門へ移る。家業を通じて見てきた農業の課題と、FA事業で触れてきた技術やアセット。一見別々だった二つが、新規事業という形でつながっていった。
既存事業の「制約」は、新規事業の武器になる
岡田氏は、全社横断の出島組織であるイノベーション推進本部(※部門名称は在籍当時)に在籍したのち、現在の部署へ移っている。既存事業から切り離した独立組織と、事業部の内側に置かれた新規事業部門。その両方を経験した立場から、それぞれの利点と難しさをどう見ているのか。
現在の組織はFA事業の内側にありながら、農業をはじめFA以外の領域にも挑んでいる。その強みの一つが、既存事業で蓄積してきたアセットとの距離の近さだ。商品や技術だけでなく、それを使いこなす人材や営業基盤にもアクセスしやすい。
一方、出島型の組織は既存事業の枠に縛られず、幅広いテーマを探索できる。その自由度は強みである反面、選択肢が広いからこそ、どこに集中するのかを定める難しさもある。
事業部の中では、「既存のアセットを生かす」という一定の制約がある。しかし岡田氏は、その制約が必ずしもマイナスではないと見る。何を強みに、どの課題を解くのか。その起点があることで、テーマを絞り込みやすく、事業としての具体性にもつながるからだ。
もちろん、事業部の中にいるからこその難しさもある。FAには、長年の事業経験から磨き上げられてきた商品開発や事業運営のプロセスがある。しかし、少量から始まり、売上規模も利益率も異なる新規事業では、その前提がそのまま当てはまるとは限らない。同じ社内でも、既存事業と新規事業では事業の「物差し」が異なる。
近年は出島型の組織を事業部へ戻す企業も見られるが、岡田氏はどちらか一方が正解だとは考えていない。
「ジャケットの丈が長くなったり短くなったりするのと同じで、おそらく繰り返すのだろうと思っています」
現場から小さく始める
農業にFAの技術を持ち込むといっても、既存の製品をそのまま横に流せばよいわけではない。技術にも、事業を組み立てるうえでも、自社だけでは埋められないピースがある。だからこそ、オープンイノベーションは欠かせない。
その進め方も、現場起点だ。まず現場に足を運び、顔を合わせ、互いの課題ややりたいことを理解する。その積み重ねの先に、共同の取り組みが立ち上がっていく。
社外との共同開発では、秘密保持契約や共同開発契約など、正式な手続きを整えてから動き出すことが多い。しかし、その調整に時間をかけるうちに、肝心の検証が進まないこともある。そこで岡田氏らは、最初から大きな座組を固めるのではなく、互いに持ち出しで進められる範囲を確認し、まず小さく動く。
「互いに持ち出しで、リスクを最小限に抑えながら、前に進むために何ができるか。それを前向きに検討し合える関係をつくり、そこから動かしていきます」
その一例が、センシングロボットの「足」を担うスズキとの協業だ。農園を走り回ってデータを集めるには、不安定な農地を安定して走行できる足回りが欠かせない。そこで採用したのが、スズキが電動車いすで培った技術を応用した電動台車だった。当初から現在のような協業の形が決まっていたわけではない。ともに現場の課題に向き合い、実際に手を動かすなかで関係を深め、現在の形へと発展した。
こうした仲間を増やすうえで、岡田氏が意識しているのが発信の仕方だ。
「大事にしているのは、キラキラさせないというところです」
新規事業やオープンイノベーションは華やかに見えやすい。しかし実際には、現場に足を運び、仮説を試し、試行錯誤を重ねる。その実態を飾らずに伝えることで、同じように手を動かしながら課題に向き合える仲間と出会いたいという。
「自分たちだけで事業をゼロから100まで積み上げられるのであれば、それはおそらく新規事業とは呼べません」
仲間を求める範囲は限定しない。事業会社でも、スタートアップでも、大学の研究者でもいい。自社にない技術や知見を持ち寄り、一緒に手を動かせる相手を広く求めている。出会い方も地道だ。ニュージーランドでは、現地の深い横のつながりを頼りに、紹介を受ければ次の生産者や関係者に会いに行く。出張を重ね、一つひとつ関係を築いてきた。
「同じ立場で組む仲間だからこそ、形式的な評価ではなく、実際の改善にまで踏み込めるのだと思います」

社会課題に、製造業の強みをどう生かすか
農園全体を「見る」ことから始め、人手不足や生産性という課題にFAで培った技術を生かす。新ドメイン事業開発センタが見据えるのは農業だけではない。物流や医療・創薬など、製造現場の外にも目を向け、既存事業の強みを新たな社会課題の解決につなげようとしている。
オムロンはこれまでも、世界初の無人駅システム(自動改札機と自動券売機)や交通信号制御システム、家庭用血圧計など、一見すると異なる領域で事業を生み出してきた。その根底には、自社の技術を、その時代の社会や生活の課題に生かすという考え方がある。
オムロンの社憲には、こうある。
「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」
農業という新たな領域でも、その考え方は変わらない。
では、技術によって社会課題を解くことは、人の暮らしに何をもたらすのか。岡田氏は、製造業が生み出す価値を「余剰」という言葉で語った。
「幸せとは余剰である、という話があります。お金だけでなく、時間の余剰や心の余剰です。製造業が支えているのは、まさにそこだと思います。在庫があるから安心できる。昔は手で洗濯していたけれど、洗濯機ができたから、その時間をほかのことに使えるようになった」
技術によって作業を減らすことは、単なる効率化ではない。その先に、人が別のことに使える時間や、心の余裕を生み出す。農園全体を人に代わって見て回る「目」もまた、農業に携わる人たちに新たな余裕を生み出す技術になっていくのかもしれない。



