
東京科学大学の酒井雄樹特定助教、西久保匠特定助教、東正樹教授らの研究グループは2026年9月4日、鉛を含まない巨大負熱膨張物質を開発したと発表した。ペロブスカイト型酸化物のコバルト酸ビスマス(BiCoO3)を母物質とし、化学結合の切断と再結合を伴う再構成型相転移を利用することで、体積収縮率6.1%を達成した。研究グループによると、非鉛の負熱膨張物質では最大となる。研究成果は「Advanced Science」に掲載された。
半導体製造装置の熱膨張問題に効く負熱膨張
負熱膨張とは、温度が上がると体積が縮む性質である。多くの物質は温度上昇で膨張するが、負熱膨張物質を構造材に組み合わせることで、熱膨張を相殺できる。
必要とされる場面は、精密な位置決めや寸法管理が求められる現場だ。光通信や半導体製造では、わずかな熱膨張が機能や精度の低下に結びつく。LSI(大規模集積回路)では、シリコンチップと基板、充填剤の熱膨張の違いが信頼性の低下につながる。異種材料の接合界面で剥離が生じる問題もある。負熱膨張材料は世界的に研究が活発化しており、日本が強みを持つ材料分野とされる。
課題は材料の中身にあった。これまで最大の体積収縮を示していたのは、同じ研究グループが発見したバナジウム酸鉛(PbVO3)を母物質とするペロブスカイト型酸化物で、9.3%の体積減少が観測されていた。ただし有害な鉛を含む点が実用上の問題となっていた。
再構成型相転移を負熱膨張に利用
研究グループは、ビスマス、コバルト、酸素からなるBiCoO3に着目した。BiCoO3は常圧では極性の正方晶相を取るが、圧力下では非極性の直方晶相へ相転移する。相転移の際は、格子の伸びの起源となっていたCoO5ピラミッド型の5配位構造が崩れ、CoO6八面体の6配位構造へ変わることで、体積が13%減少する。
そこでBiCoO3のビスマスの一部を、ランタン、プラセオジム、ネオジム、サマリウム、ユウロピウムといったランタノイド元素に置き換えた化合物を高圧合成で作製した。大型放射光施設SPring-8のビームラインで放射光X線回折実験を実施したところ、母物質では高圧下で見られた相転移が、置換体では常圧下の昇温で生じ、最大で6.1%の体積収縮を示すことが分かった。
再構成型相転移は、配位構造の変化によって大きな体積減少が見込める一方、冷却しても元の相に戻らない不可逆な場合が多く、負熱膨張の機構としてはあまり注目されてこなかった。今回見出した相転移は降温過程で高温相から低温相への逆転移が起こる可逆的なもので、一部の組成は完全な可逆性も示した。
正方晶相と直方晶相の体積差が14%であることから、研究グループは体積収縮率にまだ増加の余地があるとみている。相転移の進行は、両相が作る複雑なドメイン組織の影響を強く受けるため、今後は走査透過電子顕微鏡やブラッグコヒーレントX線回折イメージングによる組織観察を進める。
研究には、東京科学大学の大学院生らのほか、高輝度光科学研究センターの水牧仁一朗主幹研究員(現 熊本大学大学院先端科学研究部教授)が参加した。研究の一部は、日本学術振興会の科学研究費助成事業やJST戦略的創造研究推進事業CRESTなどの支援を受けて実施された。
関連情報
プレスリリース(熊本大学):https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000369.000124365.html
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