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プロフィール

mui Lab 代表取締役社長CEO 大木和典氏
上智大学卒。NISSHA北米での駐在、新規事業開発を経て、2017年に社内ベンチャーでmui Labを創業し、2019年MBOで独立。天然木を使ったIoTインターフェースの「muiボード」を製品化し、世界的なデザイン賞やテクノロジー賞を受賞。現在はくらし全体を統合するオープンプラットフォーム「くらしのOS」を基軸に、住宅・エネルギー領域の大手企業との事業提携のもと、ウェルビーイングなくらしに関わる多種多様なソリューションを提供する。
暮らしに溶けて、消える――「カームテクノロジー」という美学
mui Labのものづくりを貫くのは、「カームテクノロジー」という設計思想だ。パロアルト研究所のマーク・ワイザーが提唱した、存在を意識されないほど日常に溶け込み、無意識に使えるテクノロジーを指す。人の注意を奪わず、必要なときだけ立ち上がり、用が済めば消える。情報過多の時代への、ひとつの答えだ。
最もよく体現するのがmuiボードだ。天然木の表面はふだん何も映さない。触れると文字や絵が浮かび、操作を終えると消えていく。ただの木の板に見えるその佇まいが、mui Labのアイデンティティだ。
この美学は最初から掲げていたものではなく、長い試行錯誤の末の到達点だ。

源流は、大木氏がNISSHAの新規事業で北米に駐在していた時期だ。2014年5月、ニューヨークの建築デザイン展示会に装飾したコンセントカバーやスイッチを出し、翌2015年には壁面用のタイル型インターフェースで賞を得る。
当時作っていたのは、本物の質感に近づけた「本物を超える偽物」だった。表示が点いては消える仕組みは、家電業界で「デッドフロント(死んだ前面)」と呼ばれていた。大木氏は「ひどい言葉だな」と感じていたが、本物らしく見せる努力の先で発想が反転する。
「本物に近づける努力をやめ、いっそ本物の木をそのまま使えばいい。それが発想の転換でした」
無機質な材料ではなく、天然木をそのまま使う。この選択が、のちにカームテクノロジーへとつながるmuiボードの核になった。形を与えたのが、創業前から大木氏を支えるクリエイティブディレクターの廣部延安氏だ。
「廣部をはじめとするデザイナーに問いを投げ続け、上がってきたものを多くの人に当て、また持ち帰る。私の役割は、いわばプロデューサーです」
2016年の展示会では、試作品が会場で動かない失敗も味わう。だが当時のNISSHAの技術部門責任者の支援で開発チームができ、紆余曲折のなかで手応えをつかむ。
「メーカーは誰かが発明したものを売るか、M&Aで事業ごと買うことが多く、ゼロから自分たちで作る機会は、あるようでほとんどありません。それを自分たちでやり遂げられたことが、大きな気づきでした」
もうひとつの気づきは、自社が完成品メーカーではないことだ。完成品づくりのハードルは高く、別の道が要る。当時、単身ボストンでアメリカのスタートアップ・エコシステムに触れていた大木氏は、自らもスタートアップとしてmuiボードを世に出すほうに勝機を見た。
「自分たちで作っているからこそ、普段は接点を持てない立場の人にも会える。縦社会が当たり前だったメーカー出身の自分には、その状況こそが刺激的でした」

「モノを売らない」決断から、プラットフォームへ
クラウドファンディングサイト「Kickstarter」で注目を集めたmuiボードを、大木氏は独立後すぐに一般販売せず、企業との協業で磨く道を選んだ。「モノを売らない」判断には勇気が要る。
「本音を言えば、売れるものを作って世に送り出したかった。しかし第1世代のmuiボードは、まだその水準に届いていませんでした。思い描く究極の形は、はるか先にある。当時の規模で一般消費者に広く届けるのは難しいと、冷静に見極めたんです」
潮目を変えたのはコロナ禍だ。展示会が止まり、各社への聞き取りを重ねるうち、求められているのはデバイスだけではないと気づく。
「muiボードの裏側にある仕組みそのものが欲しい、という声をいただいたんです。ここは伸ばせると考え、チームを立ち上げました」
北海道ガスとのプロジェクトが動き出し、IoTプラットフォーム「くらしのOS」へとつながる。独自のインターフェースにとどまらず、大企業が求めるプラットフォームへ。ハードを起点にソフトでも強みを出せると分かり、第2の柱が生まれた。
こうして2つの事業を磨き、mui Labは2024年に「muiボード第2世代」を発表する。スマートホーム向け共通規格Matterの普及やAIの台頭も、追い風となった。
「自分たちのこだわりを反映した初代をつくり上げてしまったがゆえに、それを超えるのは容易ではありません。受託事業やOEMを重ねるうち、ITベンダーになるために会社を立ち上げたのか、という疑問も芽生えました。主導権を握って世界を変えられるのは、やはり自社のプロダクトだと考えています」
付加価値で大企業と組み、空間のAIへ

ワコム、三菱地所、北海道ガス、静岡ガス、小田急不動産。スタートアップながら、mui Labは大企業を次々と巻き込んできた。根底にあるのは「付加価値企業」であろうとする姿勢だ。
「コストを下げるためのテクノロジーは価格競争を加速させ、誰かを幸せにするとは限りません。一方、付加価値を生むテクノロジーであれば、関わる全員が報われる。その可能性を示せることが、mui Labの強みだと考えています」
三菱地所「HOMETACT」との連携で、muiボードは分譲住宅にも入り始めた。家族の対話を育むことは、いまもmuiボードが大切にする狙いだ。そのうえでユーザーインタビューを重ねると、想定との違いも見えた。1人で過ごす時間に、自分のことへ静かに集中するために使う人がいた。カームテクノロジーとは別の文脈で、部屋に飾ってその佇まいを楽しむ人もいた。当初の想定の先にある姿が、実際のユーザーの声から伝わってきたという。
「猫グッズを数多く飾った部屋に置いて、『かわいい』と受け止めてくださる方がいました。気に入って購入し、実際に使っていただける。その手応えが、何よりうれしかったですね」
数字とスピードで動く業界と組む難しさも見えた。
「提携する以上、ビジネスとして成立させねばなりません。一方で、即効性のある売上とは距離のある『暮らしの心地よさ』を組み込んでいく。最も難しいのは、その両立です」
ビジネスとして見栄えのする技術ほど、流行り廃りも早い。数十年単位で使われる住環境に、高い付加価値を提供しつづけられるか。その問いにメーカーとして答え続けることにこそ、自分たちの存在意義があると大木氏は説く。
「つくづく、自分はメーカー思考なのだと感じます。ソニーのように、半導体という部品を持ちながら、その真価を自社の完成品で証明していく。そんなメーカーの気概に、自分は近いのだと思います。顧客が望むものだけでなく、その数歩先にある優れたものを差し出す。それが、あるべき姿だと考えています」
「メーカー」としての次の挑戦が、第3の層「Spatial AI」だ。2026年のCESで発表した構想で、ウェアラブル端末やスマートフォンで個人を測るのではなく、空間に溶け込んだセンサーやインターフェースの側から人の状態を読み取る。第1弾のテーマは睡眠だ。身につけるものを増やさず、寝室そのものが眠りを見守る。数値で点数化する一般的なヘルステックとは、考え方が根本から異なる。
「睡眠を測るために何かを身につけ、寝ている間に充電が切れて煩わしさを感じる。それは本末転倒でしょう。眠りが、いつのまにか『測らされる体験』に変わってしまう。本来あるべき姿を、大事にしたいんです」
開発には海外の企業ともパートナーシップを組む。muiボード、くらしのOS、Spatial AI――この3つの層をどうつなぐのか。
「中心にあるのは、住まいと暮らしです。新築やリフォームで空間ごと変えられる機会は限られるため、既存住宅に提携先を通じて接点を広げていく。要は、裏側でデータがつながっていること。理想は、機能ではなく『mui Labが欲しい』と指名していただける状態です」
京都から、自分の手で価値を作る人へ

創業以来、京都に本社を置く意味もあるという。首都圏とは異なるエコシステムが、技術を磨く環境になっていると大木氏は語る。
「京都は、スタートアップや新しく何かを起こす人を『出る杭』とは見なしません。同じ土俵で競合しない限り、足を引っ張られることはない。むしろ、応援してくれる街です」
社内ベンチャーからMBOで独立した大木氏に、組織のなかで価値を生む人への言葉を求めた。
「新しい価値を生むことは、誰かから学ぶのとは違い、『自分で考えた』という部分が最後まで効いてきます。そこを突き詰めるしかない。部門の壁や横連携に腐心することは、本質的ではありません。目の前のユーザーにとってどうか――それが唯一の判断基準です」
一方で、組織に身を置くことの価値も率直に語った。
「会社のリソースを使えること自体が、実はとても尊い。スタートアップにはそれがなく、その不在こそが最大の難しさです。社内で説得して引き出せないなら、何もない場所で挑むのは、さらに過酷ですから」
最後に、mui Labが追い求める「未来のくらし」のあり方を尋ねた。
「快適さは、これまで温度や湿度といった限られた指標でしか語れませんでした。けれど、暮らしのなかで蓄積されるデータと進化するAIが、一人ひとりの心地よさを住空間そのものに理解させ、先回りして応えるようになります。テクノロジーが人の感覚や能力を静かに拡張し続けるとき、人はそこにウェルビーイングを見いだすのだと思います。情報が空間全体でつながれば、人は画面から解放され、住まいと向き合えるようになる。その暮らしを支える主役が、存在を主張しないテクノロジーであること――私たちが目指すのは、そういう未来です」
触れたあとに消えるmuiボードのように、技術が背景へ退くほど、暮らしはむしろ豊かになる。mui Labが描くのは、そんな未来だ。

J-Startup KANSAIについて
経済産業省の「J-Startup」プログラムの地域展開として、令和2年9月に「J-Startup KANSAI」が開始されました。関西から世界へはばたく有望なスタートアップを選定し、内閣府のスタートアップ・エコシステム拠点形成事業と連動しながら、公的機関と民間企業が一体となって集中的な支援を行う取り組みです。現在までに75社が選定されており、近畿経済産業局を中心に、地域ぐるみで起業家を応援・支援する仕組みを構築。地域が起業家を生み育てる好循環(=「エコシステム」)の強化を目指しています。
PEAKS MEDIAでは、この「J-Startup KANSAI」の趣旨に共感し、関西発のイノベーションを可視化し、製造業をはじめとする産業界との新たな共創を生み出すことを目的に「J-Startup KANSAI特集」を開設しました。選定スタートアップの皆様へのインタビューを通じて、テクノロジーの可能性や事業への想いを発信し、社会実装や産業連携のヒントを広く共有することで、関西発のスタートアップ・エコシステムの発展をメディアの立場から後押ししています。
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J-Startup KANSAI特集では、選定企業の皆様に向けて、有識者から技術展開の可能性や社会実装や連携のヒントを募集しています。


