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プロフィール

東洋製罐グループホールディングス株式会社 イノベーション推進室 室長代理 竹内 友里 氏
イノベーションの創出・推進支援や風土醸成に携わる。ベンチャー企業へのレンタル移籍を経験し、現在は社員の挑戦を後押しするさまざまな取り組みに関わる。
AI社長、宇宙、トレカ。なぜ、こんなことを?
今回の取材には、少し変わった“同席者”がいた。東洋製罐グループホールディングスの中村琢司社長――の分身、「分シン・社長ナカムラサン」だ。

「こんにちは。PEAKS MEDIAです。今日は取材させていただきます」そう話しかけると、画面の中の分シン・社長ナカムラサンは穏やかに答えた。
「取材ってすごい。それは緊張しますね。まあ私でよければ何でも聞いてください。あんまり難しいことは答えられないかもしれませんけどね」
紳士的な受け答えに、時折のぞく愛媛弁。質問を重ねるほど、不思議と本人と話しているような人柄まで感じられる。これが、イノベーション推進室が2026年7月に社内公開した「AI社長」だ。白黒のポリゴンで描かれ、バージョンはまだ0.9。完成形ではない。
業務の効率化や経営判断の支援など、AIに「答え」を求める活用が広がるなか、この「AI社長」は少し趣が違う。このAI社長をつくったイノベーション推進室の、現在のメンバーは7人。彼らを海賊船の乗組員に見立てたパネルでは、中央で室長代理の竹内友里氏が宝箱を抱えている。
竹内氏が中心となって進めてきたのは、AI社長だけではない。宇宙でビールを醸造するための容器、自由な形に成形するペットボトル、社員の個性を伝えるトレーディングカード。一見するとばらばらで、なぜ同じ部署が手がけているのか不思議にも映る。なぜ、イノベーション推進室はこうしたことに取り組むのか。その背景には、竹内氏自身が社内外で重ねてきた経験がある。
外から見た容器は、もっと自由だった
竹内氏のキャリアの出発点は、東洋食品研究所。エビの食感を研究し、論文も書いた。その後、「自分が開発したものを社会に届けたい」と自ら希望して開発部門へ。食品メーカーやユーザーと接しながら、技術を社会につなぐ面白さを知った。
次に希望したのは知財センター。食品という自身の専門領域を越えて、グループ各社の発明や特許に触れるなかで、それまで見えていなかった東洋製罐グループの技術の広がりを知った。一方で、「眠っている特許」も数多くあった。特許だけではない。長い歴史の中で蓄積してきたノウハウや製品、人が持つ知識もある。「まだまだこの社会に私たちの技術、製品を生かせる場所があるんじゃないか」。そんな思いが強くなっていった。
そして2021年、竹内氏はさらに会社の外へ出る。ローンディールの「レンタル移籍」に自ら手を挙げ、新規事業支援を手がけるRelicへ半年間出向した。そこで竹内氏は、外から見た東洋製罐グループの姿を知る。
「東洋製罐グループですってお話すると、『容器で新しいの、こんなのやってみたかったんだよね』とお声をいただいたんです。自社にとって新たな領域からも求められているんだ、容器でできることってたくさんあるんだな、と感じたんです」
社内ではまだ生かし切れていないように見えた技術が、外から見れば「使ってみたいもの」だった。外から見ることで、容器の可能性はさらに広がった。研究から開発へ、知財へ、そして会社の外へ。領域を広げるたびに、竹内氏が見る東洋製罐グループの姿も変わっていった。レンタル移籍と同じ時期、竹内氏はイノベーション推進室への異動にも自ら手を挙げている。
「自社の製品や技術をもっと社会に出していきたい。イノベーション推進室なら、そういう仕事ができるんじゃないかなと思ったんです」

技術も人もいるのに、つながらない
半年間のレンタル移籍を終え、竹内氏はイノベーション推進室へ。まず始めたのは、社内で新しいことに取り組む社員を訪ね歩くことだった。何がうまくいっていないのか、何に困っているのか。社内の状況を知るところから始めた。
竹内氏自身も、新しい取り組みに手を挙げた。その一つが、クラウドファンディングの「Makuake」へ製品を出品するプログラムだった。役員の承認まで取りつけたものの、そこから先の調整には時間がかかった。
「大きな会社は部署の数が多く、かなりサイロ化されています。何かやろうとするたびに、社内の調整で苦戦しました」社長や役員が新しい挑戦を後押ししていても、その思いが組織の隅々まで同じように届くとは限らない。既存事業では当然の「メリットは何か」「いつ事業化するのか」といった問いも、まだ形のない挑戦には、そのまま当てはめにくい。

さらに見えてきたのが、100年以上にわたってものづくりを続けてきた企業ならではの壁だった。
「絶対に外に漏れない、絶対に壊れない、安全な品質を届ける。それを長く続けてきた会社ですから、新しいものにも同じ見方をしてしまう。誰かが悪いのではなく、仕組みと風土の問題でした」
安全や品質を守り続けてきたことは、東洋製罐グループの強さである。一方で、これまでにないものに取り組むときには、その強さが挑戦のハードルとして現れることもある。技術がないわけではない。挑戦する人がいないわけでもない。問題は、それらが新しい価値へとうまくつながっていかないことだった。そこで竹内氏は、新しいものを生み出すことを急ぐのではなく、まず組織の仕組みや風土に目を向ける。
「イノベーション推進室に帰って、一番に取り組むのは組織を変えていくことだと決めました」
イノベーションを「起こす」のではなく、「起こる組織」をつくる
竹内氏が籍を置くイノベーション推進室は、2019年4月に発足。初代室長は、現在社長を務める中村琢司氏。発足時のメンバーは2人だった。約1万9000人が働く企業グループで、どうすれば挑戦が自然と生まれる組織をつくれるのか。イノベーション推進室は、その役割をこんなふうに捉えている。
「自分たちにイノベーションはできない。この2人は、実はそこからスタートしているんです」
竹内氏自身が経験したように、技術があり、外にニーズがあっても、それだけでは新しい価値は生まれない。技術やニーズがあっても、人と技術、部署と部署がつながり、「やってみたい」が行動に移らなければ、新しい価値にはつながらない。竹内氏たちが風土醸成に取り組むのは、その最初の一歩を踏み出しやすくするためでもある。
では、風土をつくるのは人事の仕事ではないのか。
竹内氏は、人事や広報などの各部門がさまざまなアプローチで風土醸成に取り組んでいるなか、イノベーション推進室だからこそ、既存の役割にとらわれず、まず動けることがあるという。一人ひとりが「こんなことまでやっていいんだ」「自分もやってみよう」と思えるきっかけを、さまざまな形でつくってきた。
その実践の一つが、2026年4月、竹内氏が室長代理となって最初に手がけた部門紹介ポスター展だ。30ほどある部署がそれぞれの仕事を紹介し、普段は見えにくい互いの仕事を知る機会をつくった。

実現するには、各部署の協力が欠かせない。社長直轄のイノベーション推進室だけに、中村社長から各部門へ協力を呼びかけてもらえば話は早い。竹内氏も、当初はそう考えた。「社長から一言お願いできませんか、と頼んだんです。でも、『私は言わないから。まずはみんなの声を聞いてみたらどうでしょうか』と言われて」
そこで竹内氏は、各部の部長を一人ずつ訪ね、企画の意図を説明して協力を求めた。ときには部門の悩み事も聞きながら、まず相手を知るところから関係をつくっていった。
「その後はメールでのやり取りでもよくなりました。最初に会って、5分でもちゃんと話をした。やっぱり、人と人が面と向かって話したことがよかったんだと思います。社長はそれを理解してもらいたかったんじゃないかな」
互いを知れば、次に何かを始めるとき「あの人に聞いてみよう」「一緒にやってみよう」と声をかけられる。社員の個性や意外な一面をトレーディングカードにして配るのも、そんな接点をつくる試みの一つだ。紙の素材にまでこだわり、本物のトレーディングカードのように仕上げた。遊びのように見えることにも本気で取り組む。そうした活動を重ねるなかで、開発部門との関係にも変化が生まれていった。
竹内氏によれば、新しいことをやりたいと思いながらも、「許されないのでは」と感じていた開発者もいたという。いまでは既存部門の側から巻き込む動きも出てきた。研究部門と組んで音楽フェスで技術の展示を行ったり、東洋製罐グループの独創的な製品・容器にまつわる発明などを楽しく紹介する動画もYouTube チャンネル内の一コンテンツとして自部門で制作しており、採用にもつながるように人材開発部門と取り組んでいる。
「一緒にやれば面白い挑戦ができる」が、宇宙につながった
風土醸成の取り組みを重ねる一方で、竹内氏は社外にも接点を広げている。高輪ゲートウェイシティのビジネス創造拠点「LiSH」に部屋を借り、日本の各業界を代表する企業の研究開発部門同士が連携するオープンイノベーションネットワーク「研究営業アライアンス」にも加わる。
「最初から大きなことをやらなくていいんです。まずは関係づくりです。大きな話を持ち出して契約書を交わしても、関係がなければ進みません。開発部門にいたころに経験しました」
そうして社外との接点を持つなかで出会ったのが、「宇宙」だった。宇宙分野に関心のある人が集まる会合で、高砂電気工業が宇宙でビールをつくる取り組みを発表した。竹内氏は発表が終わるとすぐ、担当者のもとへ向かった。「容器で困っていませんか、と声をかけました。すると、ちょうどビール酵母を育てる実験用の容器をつくらねばならず困っている、とおっしゃるんです」
まず外とつながり、社内の開発部門に持ち込んだのはその後だ。開発部門は「取り組んでみましょう」と前向きに応じた。その背景には、すでに一緒に挑戦した経験があった。宇宙の話が来る前、竹内氏は同じ開発チームと、ペットボトルを金型無しで膨らませる「フリーブロー」と呼ぶ成形技術で展示会への出展を進めていた。自社が昔から持っていた技術だったが、それを一般にお披露目することは今までなかった。来場者が、ペットボトルが膨らむ様子を固唾を飲んで見守る。毎回異なる形状に膨らむボトルは、コンセプトを含め、口々に「面白い」と評価された。
「イノベーション推進室の話に乗ったら想像もしていない面白い挑戦ができた。開発者にその実感が残っていたからこそ、次の宇宙の話も、やってみようかと引き受けてもらえたのだと思います」
手がけたことのない領域だったが、動き出してからは速かった。JAXAの評価基準に沿った検証も、開発者たちが問題なしという結論まで持っていった。フリーブロー機の展示には後日談がある。展示を通じたつながりの中で、通常の営業ルートからは生まれにくい出会いができ、自社が売り込みたい新製品への興味関心を得るきっかけが作られた。イノベーション推進室に相談すれば、何か面白いことが起こるかもしれない。そんな実感が、社内にも少しずつ生まれつつありそうだ。
なぜ「AI社長」は0.9なのか
冒頭に登場したAI社長「分シン・社長ナカムラサン」も、イノベーション推進室が手がける風土醸成の一つだ。中村社長は、社内向けの動画番組「中村琢司のなんしよんラジオ」を定期的に配信し、少人数の懇親会を重ねるなど、社員との対話を大切にしている。それでも、グループの従業員は約1万9000人。全員と直接話すことは難しい。
「本物の社長との対話の一歩手前に、AI社長を置けないか。それが最初のコンセプトでした」
社内報や動画番組での発信は、どうしても一方通行になる。文字や音声だけの出会いと、実際に会うこと。その間をAIが埋められるはずだ。「AIを効率化に使う、大量のデータを入れて最適解を出させ、判断を任せる。そうした企業が多いと思います。私たちはそこをまったく目指していません。効率的に判断させることが目的ではない点が、一番の違いです」
狙いは、中村社長の人柄を通じて経営に興味を持ってもらうことにある。中期経営計画が出ても、遠いところで誰かが目標を語っているだけで、自分たちとは関係ない。大企業にありがちなその感覚を、どう変えるか。愛媛出身の中村社長らしい方言を再現したのも、一度話したことのある相手から聞くのと、そうでない相手から聞くのとでは、言葉の入り方が違うと考えたからだ。
「便利さを見せるのではなく、温度感が伝わる見せ方を大切にしました。組織を変えるには温度感が欠かせません。活動を続けるなかで、そう実感していましたから」

(右)現在のAI社長ver0.9のインターフェース(写真提供:東洋製罐グループホールディングス)
そして、このAI社長にはもう一つ特徴がある。「Ver 0.9」とあるように、あえて完成させていない。
「完成したものをそのまま出してしまうと、それもまた遠い存在になる。自分たちが関わっていると社員に思ってもらえたほうが、目的を達しやすいと考えました」
当初は実写による表現も試した。しかし、生々しく、本物との境界も曖昧になる。そこで白黒のポリゴンにし、あえて「作り物」であることが分かる姿にした。間違った回答をする可能性も含めて公開し、社員と一緒に育てていく。すると、「カラーにしたい」「スマートフォンに入れたい」「ロボットにしたい」と、社員からさまざまな声が上がった。意見が集まるほど、自分たちでつくっている感覚が育つ。
完成品を届けるのではなく、一緒につくる余白を残す。部長の席を一つずつ回ったことも、開発部門と先に展示会をやったことも、同じ考え方から出ている。

東洋製罐グループらしさを、掘り起こす
イノベーションという言葉を、竹内氏は特別扱いしない。
「非連続の成長とよく言われます。でも私は、そこまで特別なものとは捉えていません。グループの社員にも特別視してほしくない。新しいことに取り組み、誰かのために新しい価値を届ける。それはもうイノベーションだと思っています」
すでに持っている技術も、見せ方や使う場所、つなぐ相手が変われば、違う価値を持つ。東洋製罐グループでは、長年にわたり培ってきた技術を活かし、新たな領域にも進出している。細胞培養バッグ「ウェルバッグ」も、そうした例だ。
イノベーション推進室ではウェルバッグの営業活動の支援を行っている。

「東洋製罐グループらしさを突き詰めて活動している。私自身はそう思っています。まったく別のものを生み出すのではなく、まだ活かしきれていなかった技術や製品、人の可能性を掘り起こして実装や活躍へつなげているんです。また、新しい価値は、自分たちで見つけなくてもよくて。他社に見てもらって、一緒に価値を考えていくことが重要と思います」
この向きは、経営が掲げるものとも重なる。中村社長は統合報告書のなかで、効率化のために分業が進んだ結果に触れている。新しいことに挑戦しようとしたとき、それが障壁となるケースは少なくないと述べた。つなぐことに特化した組織の必要性を感じており、体制づくりを思案しているとも書いた。開発関連には「自前主義はやめてください」と伝え続けているという。
竹内氏が継続してきたのは、その課題を現場で解く作業だった。製造業には宝がある。ただし誰かがそれを宝だと認識しなければ、そのまま埋もれる。持っているものに価値があると気づく。そこから先は、見せ方と伝え方の問題になる。
「そこはやはり、知財にいた経験が大きいかもしれません。これだけの技術価値を持っていると知っていましたから、あとはどう分かりやすく見せ、興味を持って見てもらえるか。見せ方、伝え方、そして人との関係性だけだと思ったんです」
研究から開発へ、開発から知財へ、そして社外へ。ばらばらに見える経歴は、“見せ方も、伝え方も、関係性も、手間をかけなければ生まれない”という一つの縦糸でつながっている。
「新しいことに取り組むときは、まだ何の役に立つかわからないことにも、目を向けてみてほしいですね。新規事業の本やフレームワークから学ぶことも大切ですが、自分が『面白い』『何か可能性がありそうだ』と感じたことに、真剣に関わってみる。そのなかで人と出会い、一緒に試していくことで、初めて見えてくる価値もあると思います。そうした一歩が、社内のさまざまな場所から生まれるようにしていきたいですね」



